アイより確かなナミダ
「……来たの?」
「……来ないほうが良いですか?」
「別に良いんだけど――今までの人たちは僕という現実を知ったら大抵去っていったから、不思議でさ」
センパイの告白――時折厳しいけれど優しい、という彼の仮面の裏側――を知って、やはり怖いと思った。
自分の幻想が裏切られたとも思った。
それでも、私という人間を見抜いてくれたセンパイを信じることにした。
だから私はあの日……絵を見せてもらった、あの日の翌日から、また普段通り屋上手前の例の場所に訪れていた。
「ヘンな子、美夏ちゃん。僕のこと、怖くないの?」
「怖いですよー」
私は笑って受け流す。
今日は昼休みの一つ前の授業が自習となり、代わりに課題と出されていた一枚のプリントをセンパイの向かい側でコツコツと解いていた。
「怖いのに近づくって、無防備じゃない?」
「無防備じゃなくて、好奇心旺盛って言って下さい。あるいは、勇気があるって」
区切りの良いところまで解き終わり、プリントから顔を上げる。
今日のセンパイはなんだか無気力で、ノートと鉛筆はそばに置いてあるものの、放置状態。
わざわざ持ってきているらしい座布団を半分に折り曲げて枕にし、横になっていた。
まるで日曜日のお父さんだ。
「勇気? ないと思っていたけど」
「昨日から生まれたんですよ。センパイのお陰です」
「ぼくー?」
あはは、と笑うセンパイ。
その表情は屈託がなく、この顔の……仮面の裏に隠れた気持ちがある、怖さがある、と思うと素直に笑い返せなかった。
「あー、でも本当に僕に感化されちゃってるね。笑ってないところを見ると」
「はい。無理に笑わないって決めました。センパイの前では」
「みんなの前でもできたら合格だよ」
「私、社交的なので」
さらにあはは、と彼は笑った。
「そう来たか。でも、それならもう……ここで僕と初めてあった時みたいな惨めな気持ちにはならないんじゃない?」
「まったくではないですけど」
私は首を縦に振った。
半月前……十月にここに来た時、私の心は、道化を演じることの辛さとプレッシャーを受けすぎていて、ヒビが入った状態だった。
割れるのも時間の問題……そう思っていた。
けれど、この場所でセンパイに出会ったことで、私の心にそれ以上のヒビが入ることはなくなった。
むしろ、心の浄化をしてくれたように感じた。
もちろん、センパイは不器用な人なので、荒療治ではあったけれど。
例えるなら、傷口に直接、じゃばじゃばと消毒液を掛けてきた……そんな感じ。
でも、効果はあったと思う。
最近、クラスメートの数名に「付き合いが悪くなった」と言われた。
直接言う人もいれば、遠回しに言ってきたり。
それでも平気だった。
心苦しく感じることなんてなかった。
それでもまだクラスメートにイイ顔をすることがあるのは、私の気持ちが定まっていない証拠なのだろう。
そう思うと、それこそ今後が不安になってくるのだった。
例えば、センパイが卒業したあととか。
……会えなくなったら、嫌だなあ。
(ズキン)
最近、センパイを想うと、痛む胸。
きっとこの痛みはクラスでの自分を悩んでいた、あの頃とは違う理由だ。
痛みの理由――それは明らかだった。
(センパイと離れたくない……センパイのこと、もっと知りたい)
でも、それを口に出す勇気はまだ持っていなかった。
「どしたのサ。いきなりぶっすーってして。悩み?」
「……あ、はい。悩んでますけど、これは自分自身の問題なんで」
私は苦笑いを浮かべながら手をひらひらと振った。
こんなこと、本人に言えるわけないよ。