もしも沖田総司になったら…
身体の違和感
屯所への帰り道のなかで襲撃に遭ってから私と斎藤さんは特別会話らしい会話をしないまま屯所に戻ってきてしまった。
不思議だ。
ちょっと前までであれば自然とお互いのことを話すことが出来ていたのにいざ斎藤さんの戦い振りを目にしてからどんな会話をすれば良いのか分からなくなってしまったのだ。ただ、草履が地面に擦れる音しか耳に聞こえてこない寂しい時間を過ごしてしまった。
「…オレは汚れを洗い流してこなければならない。…妙な場面に遭遇させてすまなかったな」
「え?あ…気に、してないから…」
着衣に付いた帰り血や刀の手入れをするために自室に戻ったり着衣を洗ったりするのだろう、斎藤さんの背中がどんどん遠く小さくなっていくのを見送りながらぼそっと小声を返すことしか出来なかった。
私は、襲撃に遭って目の前で人の斬り合いを目の当たりにしてからやっと自分が幕末の世に存在しているということに気付いた気がする。斬り合いなどが無ければ楽しい斎藤さんとの外出を楽しむことが出来ていたはずなのだ。現代で言えばちょっとした男友達との外出という感じで楽しむことが出来たのに、なぜわざわざ自分から斬られるような思いをしてまで武士たちは新選組に立ち向かおうとしたのだろう。名前も知らないし、顔も編笠に隠れてしまっていてよく分からなかった人たちではあったがそんな彼らにも家族や大切な人たちの存在があったはずだ。
大切なモノを捨ててまで斬り合いをしてしまうような悲しい時代に来てしまったことがとても切なく思えた。
斎藤さんはともかく、私のほうは帰り血一つ浴びることなく屯所に戻ることが出来たために真っ直ぐ沖田の部屋に戻ってきてしまった。一度も抜かれることなく、使用されないままの刀を傍らに置くと部屋の壁に背中を預けて座り込めば重々しい溜め息を吐いた。
「…早く帰りたいなぁ…」
斎藤さんは慣れているのかもしれないが、目の前で人が死ぬ瞬間を目にした私としては気分が悪い。わざわざ自分の顔色を確認しなくても今は、きっと青い顔色をしているに違いなかった。ただ、異常を感じたのは気分の悪さだけではなかった。
身体が異常なほどに重く感じるのだ。
私としては初めてだが、久し振りに街中に出掛けたことで疲労でも感じてしまったのだろうか?いいや、違う…。単に疲労を感じているだけではない。
「う…っ、げほごほ!」
風邪を引いているわけでもない。
埃らしいものを吸い込んだわけでもないのに急に咳き込むと口元を押さえていた手のひらには真っ赤な血が付着していた。
私は沖田の身体になっているということでつい忘れていたのだが、重大なことを思い出した。
彼は病気持ちだったのだ。
その病気はいつ発症したのかまでは覚えていないものの歳若い頃から床に臥せってしまってなかなか戦地に赴くことが出来なかったはずだと聞いている。
労咳。
その単語が頭によぎった。
現代では肺結核として名が通っている病名でもある。私の生まれた時代では結核の病自体患う人も少なく、治療方法も確か存在していたはずだ。しかし、この時代では死病として世に知られていると思う。まだまだ医療技術は進んでいないはずだ。
今、咳き込んだことで喀血の症状が出たことでこの身体は既に労咳に苛まれていることが分かった。きっとこの身体の命が尽きてしまうのもそう遠くはないだろう。しかし、沖田の身体に入ったまま死んでいくなんて絶対に嫌だった。労咳の苦しさというものは知らないし、先ほどのような咳を繰り返して最期を迎えてしまうなんてとても切ない。ただでさえ戦の多いこの時代のなかで長く生きることは難しいだろう。そのうえ病に伏せてやりたいことも出来ないままに死んでいくなんてもっとツラく思えた。
まさか、私が沖田の身体になってしまったのは労咳の辛さをその身を持って思い知れとでも神様は言いたかったのだろうか。
私が何をした?!普通にこれから女子高校生活を始めようとしていたはずだ。特別何かをしたわけでもない。悪いことだって手を出したこともなければしたいとも思っていない。それなのになぜ私にこんな残酷な運命を与えたのだろう?
「……けほ、ごほ…っ…」
一度始まってしまえば暫く止まるまで咳は続いた。さすがに手のひらで吐血を受け止め続けるのはあまり気分の良いものではなかったので清潔な布を懐から取り出すとそれを使って口元を拭っていった。拭き取られた血液の分だけこの身体の命の寿命がどんどん縮んでいくような気がしてぞっと背筋を震わせてしまった。
「…っ…帰りたい、戻りたいよ…」
なんとか咳はおさまったもののすっかり落ち着きを無くし、不安症状に駆られてしまった私は膝を抱えて頭を膝に押し当てて弱々しく呟きを洩らした。考えてみれば沖田の身体で生活するようになってから初めて弱音を吐いた気がする。
この身体のことを誰かに相談するべきだろうか。
世話になっている土方さん、優しく私の話しを聞いてくれた斎藤さんか…。いや、下手に二人に相談してもこの病気が治ることは無いだろう。身体の傷の具合が良くなってからはたまに顔を出してくれる医者に思い切って打ち明けてみるのも良いのかもしれないが沖田だったら素直に病気のことを打ち明けるだろうか?と考えてみた。
「……沖田だったら言わないだろうなぁ…」
なぜかそんな気がしてしまった。
変なところで子どもっぽいイメージを勝手に持ってしまっている沖田は絶対に自分の弱みとなるようなものを他人に打ち明けるようなことはしないだろうと思えた。それに土方さんや斎藤さんに話したところで心配されるのは目に見えている。過度に心配されるのも沖田は嫌がるのではないだろうか?と考えてしまった。
本当に病のことを考えて少しでも命を永らえさせるべきであれば医者に即刻相談して少しでも治療に専念していくべきかもしれないが、沖田はどうだろうか?素直に打ち明ける?…いや、隠せるだけ隠して、誤魔化したりして周りには極力心配させないまま過ごしていくのかもしれない。
これは私の勝手な沖田の人物像。
でも、それは当たらずとも遠からずの考えかもしれない。素直に病のことを打ち明ければまず土方さん辺りは沖田の身体を第一に考えて戦地に立たすことは止めてしまうだろう。そうなれば沖田は自然と新選組の組長という立場から退いてしまうことになる。沖田はそんなことを望むだろうか?きっと…おそらく彼は無理をしてでも戦に立ち向かうかもしれないだろう。
不思議だ。
ちょっと前までであれば自然とお互いのことを話すことが出来ていたのにいざ斎藤さんの戦い振りを目にしてからどんな会話をすれば良いのか分からなくなってしまったのだ。ただ、草履が地面に擦れる音しか耳に聞こえてこない寂しい時間を過ごしてしまった。
「…オレは汚れを洗い流してこなければならない。…妙な場面に遭遇させてすまなかったな」
「え?あ…気に、してないから…」
着衣に付いた帰り血や刀の手入れをするために自室に戻ったり着衣を洗ったりするのだろう、斎藤さんの背中がどんどん遠く小さくなっていくのを見送りながらぼそっと小声を返すことしか出来なかった。
私は、襲撃に遭って目の前で人の斬り合いを目の当たりにしてからやっと自分が幕末の世に存在しているということに気付いた気がする。斬り合いなどが無ければ楽しい斎藤さんとの外出を楽しむことが出来ていたはずなのだ。現代で言えばちょっとした男友達との外出という感じで楽しむことが出来たのに、なぜわざわざ自分から斬られるような思いをしてまで武士たちは新選組に立ち向かおうとしたのだろう。名前も知らないし、顔も編笠に隠れてしまっていてよく分からなかった人たちではあったがそんな彼らにも家族や大切な人たちの存在があったはずだ。
大切なモノを捨ててまで斬り合いをしてしまうような悲しい時代に来てしまったことがとても切なく思えた。
斎藤さんはともかく、私のほうは帰り血一つ浴びることなく屯所に戻ることが出来たために真っ直ぐ沖田の部屋に戻ってきてしまった。一度も抜かれることなく、使用されないままの刀を傍らに置くと部屋の壁に背中を預けて座り込めば重々しい溜め息を吐いた。
「…早く帰りたいなぁ…」
斎藤さんは慣れているのかもしれないが、目の前で人が死ぬ瞬間を目にした私としては気分が悪い。わざわざ自分の顔色を確認しなくても今は、きっと青い顔色をしているに違いなかった。ただ、異常を感じたのは気分の悪さだけではなかった。
身体が異常なほどに重く感じるのだ。
私としては初めてだが、久し振りに街中に出掛けたことで疲労でも感じてしまったのだろうか?いいや、違う…。単に疲労を感じているだけではない。
「う…っ、げほごほ!」
風邪を引いているわけでもない。
埃らしいものを吸い込んだわけでもないのに急に咳き込むと口元を押さえていた手のひらには真っ赤な血が付着していた。
私は沖田の身体になっているということでつい忘れていたのだが、重大なことを思い出した。
彼は病気持ちだったのだ。
その病気はいつ発症したのかまでは覚えていないものの歳若い頃から床に臥せってしまってなかなか戦地に赴くことが出来なかったはずだと聞いている。
労咳。
その単語が頭によぎった。
現代では肺結核として名が通っている病名でもある。私の生まれた時代では結核の病自体患う人も少なく、治療方法も確か存在していたはずだ。しかし、この時代では死病として世に知られていると思う。まだまだ医療技術は進んでいないはずだ。
今、咳き込んだことで喀血の症状が出たことでこの身体は既に労咳に苛まれていることが分かった。きっとこの身体の命が尽きてしまうのもそう遠くはないだろう。しかし、沖田の身体に入ったまま死んでいくなんて絶対に嫌だった。労咳の苦しさというものは知らないし、先ほどのような咳を繰り返して最期を迎えてしまうなんてとても切ない。ただでさえ戦の多いこの時代のなかで長く生きることは難しいだろう。そのうえ病に伏せてやりたいことも出来ないままに死んでいくなんてもっとツラく思えた。
まさか、私が沖田の身体になってしまったのは労咳の辛さをその身を持って思い知れとでも神様は言いたかったのだろうか。
私が何をした?!普通にこれから女子高校生活を始めようとしていたはずだ。特別何かをしたわけでもない。悪いことだって手を出したこともなければしたいとも思っていない。それなのになぜ私にこんな残酷な運命を与えたのだろう?
「……けほ、ごほ…っ…」
一度始まってしまえば暫く止まるまで咳は続いた。さすがに手のひらで吐血を受け止め続けるのはあまり気分の良いものではなかったので清潔な布を懐から取り出すとそれを使って口元を拭っていった。拭き取られた血液の分だけこの身体の命の寿命がどんどん縮んでいくような気がしてぞっと背筋を震わせてしまった。
「…っ…帰りたい、戻りたいよ…」
なんとか咳はおさまったもののすっかり落ち着きを無くし、不安症状に駆られてしまった私は膝を抱えて頭を膝に押し当てて弱々しく呟きを洩らした。考えてみれば沖田の身体で生活するようになってから初めて弱音を吐いた気がする。
この身体のことを誰かに相談するべきだろうか。
世話になっている土方さん、優しく私の話しを聞いてくれた斎藤さんか…。いや、下手に二人に相談してもこの病気が治ることは無いだろう。身体の傷の具合が良くなってからはたまに顔を出してくれる医者に思い切って打ち明けてみるのも良いのかもしれないが沖田だったら素直に病気のことを打ち明けるだろうか?と考えてみた。
「……沖田だったら言わないだろうなぁ…」
なぜかそんな気がしてしまった。
変なところで子どもっぽいイメージを勝手に持ってしまっている沖田は絶対に自分の弱みとなるようなものを他人に打ち明けるようなことはしないだろうと思えた。それに土方さんや斎藤さんに話したところで心配されるのは目に見えている。過度に心配されるのも沖田は嫌がるのではないだろうか?と考えてしまった。
本当に病のことを考えて少しでも命を永らえさせるべきであれば医者に即刻相談して少しでも治療に専念していくべきかもしれないが、沖田はどうだろうか?素直に打ち明ける?…いや、隠せるだけ隠して、誤魔化したりして周りには極力心配させないまま過ごしていくのかもしれない。
これは私の勝手な沖田の人物像。
でも、それは当たらずとも遠からずの考えかもしれない。素直に病のことを打ち明ければまず土方さん辺りは沖田の身体を第一に考えて戦地に立たすことは止めてしまうだろう。そうなれば沖田は自然と新選組の組長という立場から退いてしまうことになる。沖田はそんなことを望むだろうか?きっと…おそらく彼は無理をしてでも戦に立ち向かうかもしれないだろう。