もしも沖田総司になったら…
白い天井
目を覚ますと全身が酷く痛んで、腕を動かしたくても上げることが出来なかった。池田屋に討ち入りに行ったとき、数人の攘夷志士を斬り伏せたところまでは覚えているが途中からの記憶が無い。急に胸の辺りが苦しくなって意識を失ってしまったのだろうか?
「…白い天井…?」
不思議なことは視界いっぱいに広がる真っ白な天井だった。よくよく視線を凝らしてみると腕には管が付けられている。確か医療で使われている器具の一つだった気がする。それほど自分の身体は重症だったのだろうか?
「友里!気が付いた?!」
「…誰…?」
年齢は四十代ぐらいだろうか。自分が良く通っては甘味を提供してくれるおばさんかとも一瞬思えたがまるで顔立ちが違った。それに今、自分のことを何と呼んだ?「友里?」ボクは沖田総司だ。そんな名前じゃないよ。
「?!頭を打ったのね?!だから記憶が混乱してるのよね?!お母さんよ、分かる?!」
「…お母さん…?」
身体を動かしたい。
どうやら白い布の上に寝転がっているらしく身体を起き上がらせたくとも全身の痛みが酷くてそれが出来なかった。
自分を他の誰かと見間違えているのだろうか?どうやら友里という子の母親らしいが、見間違えることなくボクのことを心配そうに眺めている。先ほどまで涙でも流していたのだろうか、目尻は赤く染まっているし、瞳は潤んでいた。
「…ここは…」
「病院よ!近所の人がすぐに救急車を呼んでくれたの!全身を打ち付けているみたいだけれど頭に傷は無かったみたい。…だけど目が覚めて安心したわ。…あなた二日間も目を覚まさなかったのよ?!」
病院…。
聞き慣れない場所だ。ボクの身体が痛むことから医者の存在している近場の診療所にでも運び込まれているのかと思ったら病院という場所らしい。一応手当らしいものはされているのだろう。
…今、この女性は二日もの間目を覚まさなかったと言っていた。となると池田屋で気を失ってからずっと寝ていたことになる、か…。身体の自由が利かないことには暫くの間は大人しく寝ているしかなさそうだ。
ただ、こんな清潔感溢れる場所は屯所近くの診療所にあっただろうか?ボクたち新選組が利用している屯所でも簡単な傷の手当や医者を呼べば治療をおこなえるだけの場所はあるが、屯所として使用している建物はだいぶボロが出し始めてきており天井はすっかり埃や長年拭い切ることが出来ずに残された汚れが蓄積されてきていることもあって黒ずんでしまっている。昔、京に出て来たばかりの頃ボク個人的にちょっと暴れたときに近くの診療所で治療を受けたこともあったが消毒液の匂いはよく似ているもののここのような真っ白な天井はしていなかった。
ここは一体どこなんだろう?病院という場所だということは分かったけど…。
「今、お医者さんを呼んでくるからじっとしていてね?」
「あ、うん…」
どうしよう。
絶対に誤解しているようなのに何と声を掛けて良いのか思いつかなかった。ただ、あまりにも女性が必死過ぎてその圧力に発言力を失ってしまったのかもしれない。
「…藤原、友里…?」
なんとか上半身だけを起こすと寝かされている台の近くにその名を見つけた。藤原という名には少しばかり反応したけれど、友里なんて名前は聞いたことがない。
ボクは二人の姉を持つけれどどう思い返してみても姉の名前とは違っていた。遠い親戚にでも当たる人物の名だろうか?まったくもってボクには聞き覚えが無かった。
「目が覚めたようだね。一応…自分のことは分かるかい?」
「え?あ、なんとなく…ですけど…」
自分が発していく声は少し女の子にしては低めにも聞こえる声色だった。
これがボクの声?
違う、ボクの声はもっと低かった。
まさか怪我の影響で声帯でも傷つけてしまったのかとふと首を傾げていると身体の違和感に気がつく。…確かに女の子のモノだ。
身体を包む衣類は今まで見たことのないもので、足が膝の辺りから丸見えになってしまうほど丈の短いひらひらした布に上半身を包む衣類も着物とはとても思えないものだった。所々に穴の空いた部分があって、まるで対になるように反対側の衣類には留め具のようなものが付けられている。ちなみに下半身を包む布地は紺色。上半身を包む布地は真っ白だった。ボクのことを友里呼びしていた女性も着物姿では無かったし、一体どういうことだろう?
「汚れはそう酷く無かったけれど制服のブレザーは一応脱がせてもらったよ」
「…制服…」
この身体を包んでいるものは制服らしい。
ボクたちが仕事の際に羽織る浅葱色の羽織をふと思い返してみたらそれらしいものがどこにも見当たらない。そして、ボクの愛刀もどこにも存在していなかった。
池田屋から戻り治療を行われているのであれば羽織も脱がされ片付けられているだろうし、刀も自室に置かれているのかもしれないがどうにも不思議なことばかりで頭が付いてこない。
「…あの、ここは病院って…言いましたよね?どこの…?」
「東京の、一番近くの大学病院だったけれど…」
「事故が遭った現場から一番近い病院にしたけれど、何かあったかしら?」
東京…?
…どこか分からない。
「京」って言うぐらいだから屯所の近くなのかもしれないけれど、「東京」なんて地名はあっただろうか?ボクはそれほど土方さんたちみたいに博識でもないから剣術以外のことには決して詳しくはないけれど一般常識ぐらいは持っている。
…ただ、ここまで知らないことばかりだと自然と口を閉ざしてしまうしかない。
「すみません、この子起きたばかりなので、少し混乱しているのかもしれません…」
「…まぁ、二日もの間寝ていたと聞いていますし…時間を置いて様子をみてみましょうか」
身体があちこち痛む以外は意識だってはっきりしているつもりだけど…。
あ。
やっぱりここ屯所じゃないんだと分かった。
どうにも視線の高さというか、寝かされている身体の位置が高いと思ったら屯所の畳張りの部屋に布団を敷かれた上に寝かされているのではない。診療所でたまに見かける身体を横に出来ることが可能な真っ白な寝台に寝ていたんだ。
でも、治療をおこなうための寝台にしてはやけに肌触りが良いというか、こんな場所で居眠りでもしたら心地良さそうだなんて少し場違いなことを考えてしまった。
「では、何かありましたら声を掛けてください」
「えぇ、ありがとうございます。先生」
白衣を着ていた男性は部屋から去っていった。
やはり、彼は医者らしい。
友里の母親らしい女性と二人きりになってしまったわけだがどうにも居心地が悪い。
自分で言うのもなんだがあまり知らない人と二人きりで過ごすということは得意なほうではない。近所の子どもたちと遊んだりするのは全然平気なんだけど、年上の見知らぬ人ともなるとどうしても警戒してしまうのは…仕方のないことだよね?
「…えっと、身体は痛いけど意識ははっきりしてるし大丈夫だから…少し、一人になりたいんだけど…」
「そ、そう?…だったら少し外の空気でも吸ってくるわね。何かあったら電話やメールでもしてちょうだい?」
携帯…?
女性が示した先、寝台の横に置かれている台の上には銀色の物体が置かれていた。これが所謂「携帯」というものなのだろう。
さすがに頭がおかしい人物として見られるのは嫌だったから携帯についてあれこれ質問してみるのは躊躇われた。ここはとにかく、自分で使ってみることにしよう。
母親が部屋を出ていくと一人になったボクは早速携帯と呼ばれていた物体を手にしてみた。この身体の手の小ささにはとても馴染むもの。でも、ボクが愛用していた刀と比べてみればとても軽いもので刀を使えば簡単に真っ二つに切ることが出来てしまいそうなほど脆く見えた。
「…どうやって使うんだろう?」
表と裏を交互にいくら眺めてみても何も文字らしいものは浮かんで来ない。真っ黒なまま維持している物体に首を傾げるばかりだった。
「…ま、いっか」
特に携帯とやらに興味を持つことが出来なかったボクは元にあった場所に携帯を置くと自分の置かれている状況を判断してみることに努めた。
「…白い天井…?」
不思議なことは視界いっぱいに広がる真っ白な天井だった。よくよく視線を凝らしてみると腕には管が付けられている。確か医療で使われている器具の一つだった気がする。それほど自分の身体は重症だったのだろうか?
「友里!気が付いた?!」
「…誰…?」
年齢は四十代ぐらいだろうか。自分が良く通っては甘味を提供してくれるおばさんかとも一瞬思えたがまるで顔立ちが違った。それに今、自分のことを何と呼んだ?「友里?」ボクは沖田総司だ。そんな名前じゃないよ。
「?!頭を打ったのね?!だから記憶が混乱してるのよね?!お母さんよ、分かる?!」
「…お母さん…?」
身体を動かしたい。
どうやら白い布の上に寝転がっているらしく身体を起き上がらせたくとも全身の痛みが酷くてそれが出来なかった。
自分を他の誰かと見間違えているのだろうか?どうやら友里という子の母親らしいが、見間違えることなくボクのことを心配そうに眺めている。先ほどまで涙でも流していたのだろうか、目尻は赤く染まっているし、瞳は潤んでいた。
「…ここは…」
「病院よ!近所の人がすぐに救急車を呼んでくれたの!全身を打ち付けているみたいだけれど頭に傷は無かったみたい。…だけど目が覚めて安心したわ。…あなた二日間も目を覚まさなかったのよ?!」
病院…。
聞き慣れない場所だ。ボクの身体が痛むことから医者の存在している近場の診療所にでも運び込まれているのかと思ったら病院という場所らしい。一応手当らしいものはされているのだろう。
…今、この女性は二日もの間目を覚まさなかったと言っていた。となると池田屋で気を失ってからずっと寝ていたことになる、か…。身体の自由が利かないことには暫くの間は大人しく寝ているしかなさそうだ。
ただ、こんな清潔感溢れる場所は屯所近くの診療所にあっただろうか?ボクたち新選組が利用している屯所でも簡単な傷の手当や医者を呼べば治療をおこなえるだけの場所はあるが、屯所として使用している建物はだいぶボロが出し始めてきており天井はすっかり埃や長年拭い切ることが出来ずに残された汚れが蓄積されてきていることもあって黒ずんでしまっている。昔、京に出て来たばかりの頃ボク個人的にちょっと暴れたときに近くの診療所で治療を受けたこともあったが消毒液の匂いはよく似ているもののここのような真っ白な天井はしていなかった。
ここは一体どこなんだろう?病院という場所だということは分かったけど…。
「今、お医者さんを呼んでくるからじっとしていてね?」
「あ、うん…」
どうしよう。
絶対に誤解しているようなのに何と声を掛けて良いのか思いつかなかった。ただ、あまりにも女性が必死過ぎてその圧力に発言力を失ってしまったのかもしれない。
「…藤原、友里…?」
なんとか上半身だけを起こすと寝かされている台の近くにその名を見つけた。藤原という名には少しばかり反応したけれど、友里なんて名前は聞いたことがない。
ボクは二人の姉を持つけれどどう思い返してみても姉の名前とは違っていた。遠い親戚にでも当たる人物の名だろうか?まったくもってボクには聞き覚えが無かった。
「目が覚めたようだね。一応…自分のことは分かるかい?」
「え?あ、なんとなく…ですけど…」
自分が発していく声は少し女の子にしては低めにも聞こえる声色だった。
これがボクの声?
違う、ボクの声はもっと低かった。
まさか怪我の影響で声帯でも傷つけてしまったのかとふと首を傾げていると身体の違和感に気がつく。…確かに女の子のモノだ。
身体を包む衣類は今まで見たことのないもので、足が膝の辺りから丸見えになってしまうほど丈の短いひらひらした布に上半身を包む衣類も着物とはとても思えないものだった。所々に穴の空いた部分があって、まるで対になるように反対側の衣類には留め具のようなものが付けられている。ちなみに下半身を包む布地は紺色。上半身を包む布地は真っ白だった。ボクのことを友里呼びしていた女性も着物姿では無かったし、一体どういうことだろう?
「汚れはそう酷く無かったけれど制服のブレザーは一応脱がせてもらったよ」
「…制服…」
この身体を包んでいるものは制服らしい。
ボクたちが仕事の際に羽織る浅葱色の羽織をふと思い返してみたらそれらしいものがどこにも見当たらない。そして、ボクの愛刀もどこにも存在していなかった。
池田屋から戻り治療を行われているのであれば羽織も脱がされ片付けられているだろうし、刀も自室に置かれているのかもしれないがどうにも不思議なことばかりで頭が付いてこない。
「…あの、ここは病院って…言いましたよね?どこの…?」
「東京の、一番近くの大学病院だったけれど…」
「事故が遭った現場から一番近い病院にしたけれど、何かあったかしら?」
東京…?
…どこか分からない。
「京」って言うぐらいだから屯所の近くなのかもしれないけれど、「東京」なんて地名はあっただろうか?ボクはそれほど土方さんたちみたいに博識でもないから剣術以外のことには決して詳しくはないけれど一般常識ぐらいは持っている。
…ただ、ここまで知らないことばかりだと自然と口を閉ざしてしまうしかない。
「すみません、この子起きたばかりなので、少し混乱しているのかもしれません…」
「…まぁ、二日もの間寝ていたと聞いていますし…時間を置いて様子をみてみましょうか」
身体があちこち痛む以外は意識だってはっきりしているつもりだけど…。
あ。
やっぱりここ屯所じゃないんだと分かった。
どうにも視線の高さというか、寝かされている身体の位置が高いと思ったら屯所の畳張りの部屋に布団を敷かれた上に寝かされているのではない。診療所でたまに見かける身体を横に出来ることが可能な真っ白な寝台に寝ていたんだ。
でも、治療をおこなうための寝台にしてはやけに肌触りが良いというか、こんな場所で居眠りでもしたら心地良さそうだなんて少し場違いなことを考えてしまった。
「では、何かありましたら声を掛けてください」
「えぇ、ありがとうございます。先生」
白衣を着ていた男性は部屋から去っていった。
やはり、彼は医者らしい。
友里の母親らしい女性と二人きりになってしまったわけだがどうにも居心地が悪い。
自分で言うのもなんだがあまり知らない人と二人きりで過ごすということは得意なほうではない。近所の子どもたちと遊んだりするのは全然平気なんだけど、年上の見知らぬ人ともなるとどうしても警戒してしまうのは…仕方のないことだよね?
「…えっと、身体は痛いけど意識ははっきりしてるし大丈夫だから…少し、一人になりたいんだけど…」
「そ、そう?…だったら少し外の空気でも吸ってくるわね。何かあったら電話やメールでもしてちょうだい?」
携帯…?
女性が示した先、寝台の横に置かれている台の上には銀色の物体が置かれていた。これが所謂「携帯」というものなのだろう。
さすがに頭がおかしい人物として見られるのは嫌だったから携帯についてあれこれ質問してみるのは躊躇われた。ここはとにかく、自分で使ってみることにしよう。
母親が部屋を出ていくと一人になったボクは早速携帯と呼ばれていた物体を手にしてみた。この身体の手の小ささにはとても馴染むもの。でも、ボクが愛用していた刀と比べてみればとても軽いもので刀を使えば簡単に真っ二つに切ることが出来てしまいそうなほど脆く見えた。
「…どうやって使うんだろう?」
表と裏を交互にいくら眺めてみても何も文字らしいものは浮かんで来ない。真っ黒なまま維持している物体に首を傾げるばかりだった。
「…ま、いっか」
特に携帯とやらに興味を持つことが出来なかったボクは元にあった場所に携帯を置くと自分の置かれている状況を判断してみることに努めた。