もしも沖田総司になったら…

帰り道

 「ご馳走様でした!」
 外出をするというのに私は致命的なミスを犯していた。それは、財布を持って来なかったということ。起き上がれるようになってから沖田の部屋の中を漁ってみては何がどこにあるのか一通りは確認してきたつもりではあったが、この時代のお金らしいものがどこにも見当たらなかったのだ。
 もしかして沖田ってお金無い?!いやいや、頻繁に甘味屋に来ていることからお金を持っていないということは考えられなかった。もしかして、新選組はお小遣い制などの制度を早くも取り入れているのだろうか?と考えているとお茶とお団子の支払いは難なく斎藤さんが済ませてくれた。
 普通に古いお金、銭がこの時代の通貨らしい。
 「総司の金?…それはオレにも分からないな…。いつもアイツはフラフラと出歩いていたから懐には入れていたと思われるが…」
 他の隊士よりも仲が良さそうな斎藤さんにそれとなく沖田の所持している金銭について尋ねてみたもののあまり詳しいことは分からなかった。沖田独自の隠し場所でも存在しているのだろうか?そんなものがあったりしたらますます子どもっぽい。
 普段着と思われる袴のあちこちを漁ってみても財布らしきものは見つけることが出来なかった。これでは一人で買い物も出来ないし、困ったものだ。
 「金は副長にでも言えば事足りるだろう。そう心配しなくても大丈夫だ」
 …私はそんなにお金に困っている人間に見えたのでしょうか?!まるで私の心を読まれたかのようにずばりと不安に思っていたことを言い当てられると斎藤さんは読心術でも出来るのか?!とびっくりしてしまった。
 「別に心を読まずとも無一文だと分かれば誰もが不安がるだろう?当たり前のことだ」
 …そうでしたね。
 よくよく考えてみれば当たり前のことでした。
 「…その先ほどの話に戻るようで悪いのだが…お前の時代ではオレは…オレたちはどうなっているんだ?新選組は存在しないと言っていたが…」
 屯所に戻る帰り道のなかでこんな質問をするのは気まずいと分かりつつも斎藤さんも先のことが気になるのか現代のことを尋ねてきた。
 「えっと、存在していないというか…かなりの有名人みたいな組織で歴史で語られているんです。あまり詳しいことは言えないというか、私もあまり詳しくは分からないんですが歴史上では有名でした」
 「…そうか…一応、名は知れ渡っているということか…」
 「そうそう。そんな感じです」
 些細な質問に始まり、今度は私が気になったことについて質問をしてみることにした。
 「そう言えば…斎藤さんって左利きなんですね。私のいた時代ではそこそこに見かけるんですが、この時代ではまだ割合としては少なそうですね」
 斎藤さんが左利きと知ったのは斎藤さんが腰元に差している刀の位置からだ。右の腰元にふた振りの刀を差していることで左利きであると知ったのだ。先ほど甘味処でお団子を食べるときも確か左手で食べていたような気がする。
 「…侍としてオレのような左利きは最初は受け入れにくかったのだが、今ではすっかり慣れたものになった」
 「侍が左利きだと何か問題でもあるんですか?」
 「それは…やはり対峙したときに逆の利き手だと戦いにくいところがあるんだろう」
 「そういう問題なんですかね?戦いの仕方、刀の扱い方も人それぞれ異なるでしょ?それなのに利き手が違うってだけで変な意識を持たれるのはどうかなって思うんですよね」
 「…フッ、お前は総司に似たようなことを言うんだな」
 あ、また笑ってくれた。
 「初めてオレが総司と木刀で稽古を行ったとき、周りの隊士たちはオレの左利きに対して不審がる素振りを見せていたものだったが総司だけは最初からそんなこと関係ないといった顔で戦うことだけに集中していたように思えた」
 『利き手が逆?あ、そう言えばそうだったね。でも、そんなこと関係ないでしょ。取り敢えず勝負はボクの勝ちだからね!』
 昔を懐かしむように語ってくれた斎藤さんの表情はとても柔らかなものになっていて、とても新選組の幹部の斎藤一とは思えなかった。この人も時と場合とによっては人を躊躇うことなく斬ることが出来るのだろう。でも、今の表情だけを見ていたらとてもそんな恐ろしい人には思えなかった。
 「………失礼、新選組の沖田総司殿と斎藤一殿とお見受けするのだが…?」
 もう一つの曲がり角を左に曲がれば屯所まですぐだ、と思っていたところに背後から中年男性のものと思われる声が掛けられた。背後に振り向いてみると彼はまるで顔を見られないようにしているかのように編笠を被った着物姿で腰元には刀が差してある。私は人の気配なんて探ることは出来ないものの斎藤さんはどこか警戒をするように私を自分の背後に隠して立ちながら腰元の刀に手を掛けていく。
 編笠を被っている人物は一人きりではなかった。見たところ5人。決して少ない数ではないが、私が戦えないいじょういざここで戦うことになってしまったら斎藤さん一人で5人を相手にしなければならなくなってしまう。集団でのイジメや多人数が寄って集まって一人相手に喧嘩をしていく場面もドラマなどで目にしたことがあったが私個人的には許せないものがあった。一人に対して複数で仕掛けていくなんて誇りもないのか?!と一気にドラマを見る気持ちが冷めてしまったことも今までに何度もある。まさに今、そのときなのではないだろうか。
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