恋は天使の寝息のあとに
プロローグ
薄暗い車内。
メーターパネルのわずかな光に照らされて、運転席の彼の横顔がぼんやりと浮かび上がる。
長い前髪から覗くその冷たくて鋭い瞳を一瞬だけこちらに向けて、助手席に座る私を一瞥した。

居心地が悪いと感じるほどに静かだった。
後部座席のチャイルドシートに座る一歳六ヶ月の娘――彼女の安らかな寝息だけが車内に響き渡る。

青信号。彼はゆっくりとアクセルを踏み込みながら、左手を軽くハンドルにかけ、右肘は気だるそうに窓ガラスにもたれ――。
呟いた一言に、私の頭は真っ白にフリーズした。

「俺と、結婚する?」


……は?


あまりに突然の、突拍子もない、想像もし得なかった一言。


何、言ってんの、恭弥(きょうや)……


言っておくが、私たちの間に愛はない。
そういう関係を意識したこともない。
彼が私に興味がないことは明白だったし、いつもうざったそうにあしらわれるから、てっきり私のことが嫌いなんだと思ってた。


それなのに。
結婚って……


そもそも私たち、『兄妹』だよ?
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