恋は天使の寝息のあとに
チャイルドシートに拘束された心菜は、最初は嫌がっていたものの、車が走り出した途端に寝息を立て始めた。
この揺れが丁度良いのだろうか。
車は非常に優秀な揺りかごだ。

静かになった車内。
無言。沈黙。

恭弥と世間話をする習慣はないのだけれど、このまま黙っているにはあまりにも気まず過ぎた。

今日もどうせ会話にならないんだろうなと思いながらも、一応話を振ってみる。

「出産で増えた体重が全然戻らなくてさ。こんなに育児に家事に仕事に忙しく動き回ってるのにどうして痩せないんだろう。出産前に着てたジーンズ、全然入らないんだよね。お腹、目立つ? ダイエットしなくちゃ」

「ふーん」

恭弥は聞いているのかいないのか、よくわからない声で相槌を打った。

リアクションはそれだけか?
「そんなことないよ」とか、「さっきプリン食ってただろ、自業自得だ」とか、もう少し返しようがあると思うのだけれど。

私はめげずに話を続ける。

「恭弥は昔から体型変わらないよね? 何か運動とかしてるの?」

「別に」

「細身だけど筋肉も結構あるよね? 学生の頃、何かスポーツしてた?」

「まぁ、それなりに」

……

……


あまりに食いつきが悪いので、話の方向性を変えてみようと思う。


「この前、保育園でね、『心菜ちゃんはクラスで一番上手にスプーンを使えますね』って褒められたんだよ」
「まじ!? すげーな。さすが俺の子」

いや。恭弥の子じゃないから。

「先生の話もよーく耳を傾けてるし、とってもお利口さんだって」
「俺の愛と教育の賜物だな。他の子とは違うなと思ってたんだよなー」

……

なにこの食いつき方の違い。

子はかすがい、と言いますが。
もしも今心菜がいなくなったら、私とこの兄との絆は完全なゼロになってしまうと思うのです。
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