恋は天使の寝息のあとに
怪我をした翌日、相変わらず心菜の鼻と唇にはかさぶたが出来ていて、周囲の皮膚がぷっくりと赤く腫れあがっていた。
とはいえ、熱が出ることはなかったので、病院へ連れて行くのは、私の仕事が休みである明日――土曜日に繰り越すことにした。

怪我をしているというのに仕事を優先させる私は、母親として最低かもしれない。
だが仕事がなければ心菜を育てていけないのも事実。
いくら心菜が大事だからといって、仕事をないがしろにするわけにはいかなかった。

その日、仕事を終えて保育園に迎えに行くと、心菜は痛々しい傷跡のまま満面の笑みで迎えてくれて、私の心には罪悪感が澱のように塵積もり、自分の情けなさと無力さを痛感することとなった。


そして土曜日の朝。
私は皮膚科の始まる十時を待って、心菜を連れて家を出た。

普段の土曜日であれば、十一時には恭弥がうちへやってくる。もしかしたら、私たちが病院へ行っている間に来るかもしれない。
私はリビングのテーブルの上に『病院へ行ってきます』と書いた小さなメモ置いて、家を出た。

土曜日のせいか病院は混んでいて、終わる頃にはすでに十二時を超えていた。
が、そんな時間になって帰ってきても家の中にひと気はなく、小さな書き置きだけがテーブルの上にぽつんと残されたままで。

今日はもう来ないかもしれない。

私があんなことを言ったせいだ。

自分から『来なくてもいい』なんて断っておいて、来なかったら来なかったでショックを受けるなんて、支離滅裂だ。


どこかぼんやりとしながら、心菜と二人でお昼ご飯を食べて、心菜がお昼寝を始めたところで洗い物と夕飯の仕込みをした。
やがて心菜が目を覚まし、公園か何かに連れて行こうかとも思ったけれど、なんだか出かける気にもなれなくて、二人リビングで時間を潰した。

なんとなく、こうして待っていたら彼が来てくれるような気がして。
ただひたすら、あてもなく、リビングで彼を待っていた。
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