恋は天使の寝息のあとに
一体何を謝られているのか。私がポカンとした顔をしていると、里香さんはくすくすと笑いながら、眉を困ったように寄せた。

「少し、沙菜ちゃんのことをいじめすぎちゃった。ごめんね。
恭弥がこうなったのは沙菜ちゃんのせいだなんて言ったけれど、責めているわけじゃないのよ」

そう言って里香さんはゆっくりと目を閉じる。

「あなたが、変えてくれたのよ。恭弥を。
私にはとても出来なかった」

きっと里香さんはその閉じた瞼の奥に恭弥を思い浮かべているのだろう、その言葉を、切なそうに、愛おしそうに紡いだ。

「だから、あなたが羨ましくて、悔しくて、ついつい意地悪なこと言っちゃったの」

私はカーペットの上に正座をして、彼女の独白に黙って耳を傾ける。

「言ったでしょ? 恭弥は変わったって。
彼、昔は自分から進んで他人の面倒をみるような人じゃなかったの。
彼が家族を持つなんて、似合わないと思ってた。
だから私から別れを切り出したの。三年前に」

そう言って、里香さんは左手を前に差し出した。
その薬指には、螺旋を模ったしなやかな曲線のリング。
キラリと光るその銀色のリングを、彼女は指で大切そうに撫でながら、小さく微笑む。

「恭弥と別れて、別の人と結婚したの。
子どもを作って、温かい家庭を築くには、恭弥じゃダメだって思ったから。
もし、恭弥がこんなに家庭を大切にする人だって分かってたら、別れなかったかもしれない。
私、人を見る目がなかったのね。
……それに、私じゃあ、そもそも恭弥を変えることができなかったかもしれないし……」

ふと瞳を伏せる里香さん。
憂いを帯びた唇で、どこか悲しそうに、言葉を続ける。
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