恋は天使の寝息のあとに
「まぁ、沙菜ちゃんが恭弥と結婚なんかしたくないって思ってるなら仕方ないけど」

里香さんは私から手を離すと、ふうっとひとつため息をついた。
これ以上深入りしてもしょうがない、そんな風に思っているのかもしれない。

私はうつむきながら「だって……」とみっともない声を漏らした。
恭弥のこと、好きじゃないって、結婚なんかしたくないって、単純に思えたならこんな風にどうしようもない気持ちを抱えることはなかっただろう。

「恭弥は、心菜の父親になりたいとは思ってくれても、私のパートナーになりたいなんて思ってないだろうし……それに……一応、兄妹ですし……」

ぼそぼそといい訳する私に、里香さんはきっぱりと断言した。

「恭弥は、あなたのことを『妹』だなんて思ったことはないわ。
あなたは、恭弥の『妹』になった『女の子』であって、『妹』そのものではないのよ」

少し抽象的な話だ。
『妹』と、『妹』になった『女の子』では何が違うのだろう。
確かに私たちの間に兄弟愛なんてものは存在しないだろうし、恭弥は私にとっても、『兄』になった『男の人』なのかもしれない。

とはいえ、それが私と恭弥を結びつける理由にはならない。

「恭弥を、私と心菜の生活のために縛り付けることなんてできません」

そう言った私に

「あら別にいいじゃない。本人がそうしたいって言ってるんだから」

里香さんはあっけらかんと笑う。


そんな簡単なものじゃないよ……
それは、恭弥の人生を奪うってことなんだから……
それに、今ならまだ、やりなおすことができる。
心菜に物心がついて、恭弥を本物のパパだと認識してしまったら、今度こそ取り返しがつかない。
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