恋は天使の寝息のあとに
「あーあ、まだ痛そうだな」

恭弥は私の腕の中から心菜を受け取ると、その鼻と唇のかさぶたに軽く触れる。

「一週間もすれば傷が消えるって、里香さん言ってたよ」

私が答えると恭弥が怪訝そうに眉を寄せた。

「……里香?」

「うん、昨日、心菜の様子を見に来てくれた」

「……は?」

ここへ来た事を聞いていなかったらしい、珍しく無表情を崩して、ぎょっとした顔をした。
落ち着き無く視線を漂わせながら「……なんか変なこと、言ってなかっただろうな」そう言って頬を掻いた。


明らかに動揺している恭弥を覗き込んで、私は尋ねる。

「ねぇ、恭弥、里香さんのこと、まだ好き?」

恭弥が「違う」と否定することはなんとなく予想がついていて、だけどそれを言葉でちゃんと確認したくて、私は意味のない質問をした。
案の定、彼は私の質問を一蹴する。

「そんな訳ないだろ。だいたいあいつは結婚してるんだぞ?」

「うん。聞いた。
だけど恭弥も、引きずったりすることあるのかなって」

私の言葉に、少し口ごもって目を逸らした。
きっと昔だったら「そんなことない」と適当にあしらってごまかしていただろうと思う。
でも今日の恭弥は

「……まぁ、別れた当初は」

そんな素直な答えをくれた。
昔より多少は心を開いてくれているのかもしれない。
凍りついていた彼の心が、時間をかけて少しずつ溶け出していく。

恭弥がふっと笑みを溢して私を見る。

「でも、お前や心菜が現れて、慌しくしてたら、自然と忘れてた。
……感謝してる」
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