恋は天使の寝息のあとに
「わぁっ!」

「うわっ!」

廊下の奥から男の悲鳴がして、それに驚いた恭弥も叫び声を上げた。

「すみません! 勝手に上がりこんで!」

その男が慌てた様子で弁解する。私の位置から男の姿は見えないが、その声は聞き覚えのあるものだった。
記憶の片隅に残っている、よく知っているはずの声。

「あんたは……」

廊下の入り口で恭弥はその人物を見つめながら呆然と呟く。落胆だろうか、怒りだろうか、神経質そうに顔を歪めている。

「今さら、申し訳ありません。どうしても沙菜さんに謝りたくて……!」

出てきた私の名前に、その声の主が思い当たってしまった。
信じられない――というより信じたくない。できれば間違いであって欲しい。
が、その声が幻聴なんかじゃないってことは私が一番よく分かっていた。
もう一生会うことがないと思っていた人物。


(しょう)……」


私はその男の名前を呟いたけれど、できれば二度と口に出したくない名前だった。

「ああ……沙菜……そこにいるのか?」

廊下の奥から、私の名を愛おしそうに呼ぶ声が聞こえる。
が、私は感傷に浸る気分になどなれない。
怒りと軽蔑をこめて、私は言う。

「何しにきたの?」

軽く服を正してから、廊下の入り口で呆然と突っ立っている恭弥の横に立った。
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