恋は天使の寝息のあとに
「じゃあ、その彼自身のことは? 血の繋がりのない子を一生養わなきゃいけなくなるんだよ?
可哀想だと思わないのか?」

痛いところを突かれて、私は一瞬言葉を失う。
その瞬間を彼は見逃さなかった。
私の弱点に気づいた彼は、そこに的を絞ってたたみかける。

「君は、罪悪感とか感じないの? 彼の幸せのために、自分から別れてやろうとか思わないのか?」

彼は真剣な表情をしていたけれど、心の中では笑っている気がした。
いつもそうだ。意地悪なことを言って、私を困らせては喜んでいる。

だから、私は彼が大嫌いだ。
なのに、何も言えない。言い返せない。
彼の言ってることが、もっともだと思うから。


「その彼だって、できることなら血の繋がった本当の子どもが欲しかったと思うよ?」

じわりじわりと追い詰められているようだった。
立ち上がった彼は私に近寄り、ぽんと肩を叩く。

「相手が君じゃなかったら、彼、もっと違う幸せを持てたのに」

私の喉が、ごくりと音を立てた。
何度も私自身が感じてきて、見ないようにしていたこと。

あと一押しだと判断したのか、彼の瞳に余裕の色が混じり始める。

「君は彼の優しさに付け込んで利用しているの?
僕の知っている沙菜は、そんなことをする人じゃなかったけれど」

私が恭弥を利用している?
違う、私は本当に恭弥のことを大切に思っている。
さっきのキスだって、すごく嬉しかった。
恭弥と一緒にいたいと感じる理由は、打算なんかじゃない。

……だが、もし心菜がいなかったとしたら、私と恭弥の関係は深い溝を残したまま、前に進むことなどなかっただろう。
例えば心菜という存在抜きでも、私たちはずっと一緒にいたいと言えるだろうか。
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