恋は天使の寝息のあとに
俺の一世一代のプロポーズを拒絶したくせに、俺と里香の関係を知った沙菜は、嫌な顔をした。

何なんだ? どうして嫉妬なんかする? 俺をそんな対象としてなんか、見ていないくせに。
俺に一体、どうして欲しい?

優しくすると泣き出すし、近寄ろうとすると逃げ出すし、手を差し出すと助けはいらないと断るし
そのくせやっぱり俺と里香が一緒にいるところを見ると怒り出すから、完全に理解不能だった。

柄にもなく女に振り回されている自分がいる。

揺さぶられれば揺さぶられるほど、焦らされれば焦らされるほど
俺の感情は昂ぶって、うまいこと制御できなくなる。

何度も彼女に触れようとして、越えてはいけないラインのすれすれで思いとどまった。

が、結局は自分の欲望に負けて押し倒し、挙句「ごめんなさい」なんて泣きながら謝られて、彼女に手を出したことを死ぬほど後悔した。


まぁ、どちらにせよ、俺の役目は終わったんだ。
彼女の夫が戻ってきて、全てが丸く収まった。
今頃彼女は俺のことなんか忘れて、家族三人幸せに暮らしていることだろう。

もう二ヶ月も連絡を取っていない。
音沙汰がないのは、うまくいっている証拠。良いことだ。
これ以上、俺の出る幕はない。

こんなことをぼんやりと考えながら、俺は煙草を口にくわえる。

やたらと煙草が恋しかった。まだ火をつけてもいないのに、くわえただけでほっとした。
もう禁煙する理由もないのだから、吸ってもかまわないだろう?
ゆっくりと息を吸い込みながら火をつけて、いつものほろ苦い香りで肺を満たす。
くゆる白煙を見つめていると、全てがどうでもいいような気がして、救われた。

二ヶ月も経ってるのに、何浸ってんだろうな。
また里香に笑われる。


携帯端末のサイドキーを押して時間を確認すると、もう夜中の二時を回っていた。

明日は日曜。たいした予定もない。
あいつらのそばにいたときと比べて、特段、急いで寝る必要もない。

もう一本、と、ケース上部の銀紙をトントンと叩いて、飛び出してきた新しい煙草を口にくわえた。
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