恋は天使の寝息のあとに
家に帰った私がリビングへ足を踏み入れる前に。
「……どういうつもり?」
私の足音を耳にした翔がすかさず問いかけてきた。
声の方へ向かうと、リビングのソファで腕と脚を組み、どっしりと腰を据える翔の姿があった。
落ち着いた様子ではあるが、ただならぬ緊張感を纏っている。
「一体どこへ行っていたんだ。ずいぶん早い時間から出かけていたみたいだけど」
どうやら夜中に抜け出したことはバレていないらしい。朝早くから出かけたと思っているのだろう。
だが、明らかに不信感を抱いている。
何も言わずに姿を消したことが不満だったのか、声の裏に静かな怒りを含ませて彼は言う。
「僕が君らを心配しないとでも? 一声くらいかけるべきだって、思わなかった?」
声を荒げるでもなく、淡々と言葉で追い詰める。
嵐の前の静けさとでも形容しようか、彼が爆発する一歩手前のような気がした。
話し合いに来たというのに、いざ彼を目の前にしたら声が出なくなってしまった。
「悪いけど、その辺にしてくれるか?」
私から少し送れて、心菜を抱いた恭弥がリビングに足を踏み入れた。
翔はその背の高いシルエットを目にして、ソファから飛び上がるように腰を浮かせた。
「沙菜……どういうことか説明してくれないか」
翔は笑顔で――口元は引きつっていたが――恭弥への体裁を取り繕いつつも、私を睨む。
恭弥は心菜をカーペットの上へ下ろすと、私と翔の視線の間に割り込んで、庇うように立ちはだかった。
「妹たちから手を引いてくれ」
恭弥の言葉を受けて、翔の眉が神経質そうにピクリと跳ね上がる。
「どういうことなんだ沙菜」
翔の口調がわずかにきつくなった。
私は意を決し、思い切って頭を下げる。
「ごめんなさい! 私、もう、翔とはやりなおせない!」
唖然とする翔。恭弥は翔を牽制するかのように無言で腕を組んだ。