恋は天使の寝息のあとに
第二章
*** 七年前 ***
あのときの私は思春期真っ只中で、突然家族が増えると言われても戸惑いしかなかった。
着慣れないスーツに着替えさせられて、今まで行ったこともない高そうな料亭に連れて行かれ、そこで待っていたのは、新しい母と新しい兄。
「恭弥くん、沙菜をよろしくね」
困惑する私をよそに、父はあっさりと初対面の兄らしき男に私を委ねてしまった。
その男は無表情のまま会釈をして答えたが、いきなり見知らぬ女の子をよろしくされて、とんだ迷惑だっただろう。
「後は若い二人に任せて……」
新しい母はどんな気遣いだか知らないが、私と自分の息子を二人きりにして、仲を深めさせたいようだった。
いや、お見合いじゃないんだからさ。
部屋を出て行ってしまった父と新しい母。
二十三歳のその男――兄と、十八歳の私だけが残される。
そのときの彼は、さすがに身なりはきちんとしていたものの、相変わらず前髪はうっとおしそうだった。
隙間から覗く瞳が鋭くて怖くて、何も言い出せないでいる私を見かねて、無表情のその男は静かに口を開いた。
「別に、お兄さんとか呼ばなくていいから」
気遣いも、優しさも、思いやりもない、硬質な声と冷ややかな言葉。
だったら何て呼べばいいっていうんだ。
少し考えて「じゃあ、恭弥さん……」私が答えると
「恭弥でいい」ぶっきらぼうに訂正させられた。
あのときの私は思春期真っ只中で、突然家族が増えると言われても戸惑いしかなかった。
着慣れないスーツに着替えさせられて、今まで行ったこともない高そうな料亭に連れて行かれ、そこで待っていたのは、新しい母と新しい兄。
「恭弥くん、沙菜をよろしくね」
困惑する私をよそに、父はあっさりと初対面の兄らしき男に私を委ねてしまった。
その男は無表情のまま会釈をして答えたが、いきなり見知らぬ女の子をよろしくされて、とんだ迷惑だっただろう。
「後は若い二人に任せて……」
新しい母はどんな気遣いだか知らないが、私と自分の息子を二人きりにして、仲を深めさせたいようだった。
いや、お見合いじゃないんだからさ。
部屋を出て行ってしまった父と新しい母。
二十三歳のその男――兄と、十八歳の私だけが残される。
そのときの彼は、さすがに身なりはきちんとしていたものの、相変わらず前髪はうっとおしそうだった。
隙間から覗く瞳が鋭くて怖くて、何も言い出せないでいる私を見かねて、無表情のその男は静かに口を開いた。
「別に、お兄さんとか呼ばなくていいから」
気遣いも、優しさも、思いやりもない、硬質な声と冷ややかな言葉。
だったら何て呼べばいいっていうんだ。
少し考えて「じゃあ、恭弥さん……」私が答えると
「恭弥でいい」ぶっきらぼうに訂正させられた。