恋は天使の寝息のあとに
陣痛が訪れた四日目の夜中。

私が寝ている恭弥を起こしお腹の痛みを訴えると、彼は急いで車を出してくれた。
が、病院に着いたからといってすぐに子どもが産まれる訳ではないらしい。
私の場合は五時間、じりじりと強まる痛みに耐え続けながら、そのときを待った。
その間、恭弥はただ黙って私の隣にいてくれた。

出産が間近に迫ると、陣痛の痛みが人間の耐えられる限界を超える。

これ以上恭弥を心配させたくはなかったのだけれど、あまりの痛みになりふり構っていられなくなって、痛い、痛いと呻き声を上げながらベッドの淵にしがみついた。

とにかく痛くて苦しくて、何をしたからって楽になるわけでもないのだけれど、せめて何かに掴まっていたくて。
助けてとばかりに近くにあった彼の腕にしがみついたら、汗ばむ私の手のひらを恭弥がぎゅっと握り返してくれた。

――『大丈夫だ。そばにいる』――


きっとこれが最初で最後の、彼がくれた優しい言葉。


本人はもう忘れてしまっているだろうけれど。
覚えていたところで、彼のことだ「そんなこと言ったっけ?」ととぼけるだけだろうから、今さら確認するつもりもないが。

結果的にこの約束は、今でもまだ守られている。


***
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