恋は天使の寝息のあとに
頬ずりしている彼をうざったそうに振り払った心菜は、ヨタヨタと覚えたてのあんよでリビングの中を歩き回る。
奥の壁へ辿り着いたところで、心菜は振り返って彼に向かって指を差した。

「っぱっぱーー」

「っっっっっっ!!!!!」
悶える彼。

沙菜(さな)! 聞いたか!? 今、パパって言ったぞパパってっっ!」
「たまたまじゃない?」

私は冷め切った眼差しを送った。さっきのお返しだ。
が、そんなものはものともせず、彼は喜びに腰砕けてる。

「可愛いなぁ心菜! 絶対嫁になんか出さんぞ。ずっとパパのところにいろよ」
「気が早いし。そもそも、パパじゃないし」

彼の言葉に、ああ、また始まった、と私はげんなりした。

「じゃあもう俺、心菜と結婚する」
「こんなデカい息子いらんわ!」

スパーン、と景気のいい音がした。
私が丁度手に持っていたオムツ替えシートで彼の頭を叩いた音だ。

私の派手な突っ込みに彼は頭を撫でながら、ぶすっとした表情でこちらを振り向いた。

「なんだよ。俺と心菜の愛の語らいを邪魔すんじゃねぇよ」

しっしっ、と手で私を追い払う仕草をして、彼は再び満面の笑みで心菜に向き直る。


こんな調子で心菜を溺愛している彼は、心菜の父親ではないし、もちろん私の夫でもない。


彼の名前は小野町(おのまち)恭弥。

七年前、私の兄になった男だ。
その言葉通り、血は繋がっていない。


早くに両親を失くしてしまった私にとって、唯一残された肉親でもある。
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