恋は天使の寝息のあとに
強い風に煽られた髪がはらはらと顔にかかって、私の視界を奪った。

恭弥がそっとその髪を払い、私の頬に手を沿える。


「お前が嫌だって言うなら、もう二度とアイツには会わない」


目線を跳ね上げた瞬間、すぐ目の前にあった彼の瞳が私を捕らえた。
どうする? とでもいうように首を傾げて、私の答えを待っている。

そんなことを言われたって。
嫌だなんて、もう会わないでなんて、言えるわけないじゃないか。

恭弥の恋愛の邪魔をする権利なんて、私にはない。


「別に、そんなこと言わないよ……
好きにしてくれて、構わないよ」


私が小さく呟くと、恭弥はどこかムッとして唇を引き結んだ。
私の首筋に指を掛け、うつむく顔を押し上げる。
目の前に不機嫌な彼の顔が近づいてきて、その距離およそ三十センチ。ふいにあの日のキス未遂の記憶が蘇り、身体がかぁっと熱くなる。

少し手に力を込めればくっついてしまいそうなその距離で。
彼の親指が私の唇の端に触れた。
意識がそこに集中して、わずかになぞるその指先に、ぞくりと全身が震える。

その唇が、徐々に距離を短くする。
もしかしたらこのまま触れてしまうんじゃないかって
そうすれば、恭弥は私のものになるのかなぁなんて、このとき初めてバカな期待を抱いてしまった。

きっと、夜景が、電飾が、私の心を惑わせているんだ。
デートスポットなんかにいるから、ムードに飲まれておかしくなってしまっているだけだ。

だって、このままキスして欲しいだなんて、思う私は間違っている。
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