恋は天使の寝息のあとに
熱が下がるまで三日かかった。次に会社へ出社できたのは木曜日。
私としては、一週間かからなくてホッとしているところなのだけれど、会社の同僚たちはそうは見てくれない。
随分と長い連休だったねぇ、とか、週明けはすごく忙しかったよ、とか、ひょっとしたら相手は何の気なしに言っているのかもしれないけれど、どうしても私には嫌味に聞こえてしまう。

せめて今からでも役に立とうと慌しく駆け回り、気がついたときにはもう十九時を回っていた。
心菜を保育園へ迎えに行く頃には二十時になってしまう。
病み上がりにも関わらず、いきなり長時間無理をさせてしまった、仕事を優先するこんな母親は最低だろうか。


保育園へ到着すると、心菜は意外と元気に遊びまわっていて、どこか救われたような気がした。
急いで身支度を済ませ、保育園をあとにする。
もうこんな時間だからさっさと帰りたかったけれど、ベビーカーに乗りたくないとグズるものだから、一緒に歩いて帰ることにした。

私は空のベビーカーを押しながら、ぼんやりと恭弥の言葉を考えていた。


――俺を頼れ――

ただでさえ今でも頼りきっているというのに、これ以上彼の負荷を増やしてもいいのだろうか。
冷静に考えてみれば、毎週末私たちと一緒に過ごしているだけで、かなりの負担になっているのではないかと思う。

恭弥だって自分のやりたいことがあるだろうし、土日は羽を伸ばしたいだろう。
ひょっとしたら、例の彼女とのデートだって、考えているかもしれないし。

このままだと、恭弥のプライベートな時間を全て私たちが食い潰してしまう。
私と心菜のせいで、恭弥が一生独身で孤独死なんかしてしまった日には、目もあてられない。

やはりこのままではいけない。彼の迷惑にならない方法を考えなくては。

例えば、私たちと会う時間を、週二日から一日に減らすとか。
なるべく負担にならないように、これから先、続けられるレベルで。

恭弥が力になりたいと思ってくれているだけで、私たちは十分だ。
私たちのことを大切に想ってくれているという事実。それだけで、守ってもらえているような、後ろから抱きしめられているような気持ちになる。
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