揺らぐ海から
岩場の陰に鞄を降ろした。夕日を完全に失った空はもう、冷たい濃紺に包まれている。

まるで、世界に私しかいないみたいだ。

波の音だけが、静かにささやいている。

手紙は本にはさんでおいた。鞄はここに置いていくから、誰かがあとで見つけてくれるだろう。携帯だけはポケットに入れていく。大切だからではない。誰にも見られたくないからだ。

岩から少し離れた砂浜に座り込み、海の鳴るのを聞いた。すぐそばではこんなにもせわしなく波が行き交うのに、遠く沖のほうはただ音を伝えるだけで、ほとんど動かなかった。わずかに空に残った光を反射してきらめくのに、水平線は穏やかに広がるばかりだった。

もう少ししたら、私の世界は消える。こんなふうに押し寄せる波のようなたくさんの思いも消えて、あの水平線のように、永遠に安らかな眠りにつくことができる。
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