As sweet honey. ー蜂蜜のように甘いー
『悠太……』
練習も終わり、用事のある皆と別れ、一人事務所に向かっていた。
「千代……!」
勿論、耳にはイヤホンをはめていた。
少し前の二人が話す声をじっと聞いていた。
車に乗ったのか、少し雑音が酷いが、その中で千代が悠太を呼ぶ声だけが明確に聞こえた。
二人はどこに向かっているんだろう。
今すぐに行かなきゃいけない、千代に会いたい、取られたくないと、思い留めいていた気持ちが溢れ始める。
徐々に歩く足が前へ前へと焦燥感と共に早くなる。
次第に、走るようになって、事務所に着く頃には息が上がっていた。
急いで社長室に向かうと、無造作に扉を開ける。
「……悠太くん、どうしたんだい。そんなに乱暴に扉を開けて。それに、息が上がっているじゃないか」
椅子に座る社長と秘書の紗代里さんが目を見開いた。
「はぁ…はぁ……あのっ…千代……千代はどこですか!」
「悠太くん、どうして君がそれを聞くんだい?」
「……千代と周防さんは、これから料亭の個室でお食事よ。下に車を用意してあるから、あの娘を思い、手放したくないなら、行ってあげなさい!」
「お、おい………!」
「はい!有り難うございます!」
社長が止めようとするのを聞かずに、社長室を飛び出した。
たった数秒の出来事に、唖然とするばかりだ。
「紗代里……なぜ」
「何故って、私はあんな男なんかより、千代の相手は悠太くんの方がいいからに決まってるじゃない」
「だがしかし……」
「何?文句でもあるのかしら?あの娘の本音も知らないでよくもまぁ……初めは賛同したけど、よく良く調べたら、あの人随分と危ないわよ?知ったのも、ついさっきだけど」
「どういうことだ?」
「あの男の秘書と知り合いなんだけど、聞いた話じゃ、若い女性社員と2人きりで食事に行ったり、いろんな女をはべらせてるそうよ。ホテルまで連れて行かれた子もいるみたいなのよ。その事は一応口止めはされてるみたいね」
「まさか……な」
「ま、経営者として『だけ』は一流だけどね。あのルックスじゃ、ちょっと甘いセリフ囁けば口止めなんて簡単よね」
「……」
それ以上社長は何も言わず、代わりに額に冷や汗を浮かべた。
「もっと早くにこのことを知っていれば、あの娘をあの男の手に渡すことは無かったのに!はぁ…全然あちらと連絡取れないし、唯一聞かされていた料亭に行くという事しか情報は無し」
「……千代、無事でいてくれ」
「あとは悠太くんに任せるしかないわね」