As sweet honey. ー蜂蜜のように甘いー







エスコートされながら、車を降りると、立派な料亭が目の前に広がる。




入口で女将さんが出迎え、そのまま一番奥の個室まで案内される。



その個室は、一番奥というだけあって、他からの声はあまり聞こえない。



直ぐに料理がテーブルに並べられ、それが終わると女将が挨拶をして部屋を去る。



「では、ごゆっくりと」




完全に2人きりになった。



さっきにも増して緊張感が凄い。



「す、すみません。食事の前にお手洗いに行ってもいいですか……?」



この空間に耐えきれなくて、そう言って部屋を出た。



トイレの鏡の前で、ふと我に返った。




あれ、個室……?



2人きり……?



どうしよう



て、別に周防さんは悪い人じゃないから変なことはしないはずだし、話すなら人がワイワイいる場所じゃなくて、静かな場所がいいからここを選んだんだよね、うん。


「ふぅ………」


気持ちを落ち着かせ、一呼吸置いてから個室に戻った。




「すみません、お待たせしました」



「いえ。お料理、冷めないうちにどうぞ」



畳の上に敷かれた座布団に座り目の前の料理に手をつける。



「ん、美味しい!」



どれも美味しくて、どんどん箸が進む。



ここの個室には2人しかいないんだ、という謎の緊張感はいつの間にか消えて、食欲任せに料理を口に運んでいった。



そんな姿を、周防さんはニコニコと見つめていて、少し恥ずかしくなった。





「ふふ、美味しいですか?」




「はい、とっても」



「そうですか。あの、少しお話をしてもいいですか?」



「あ、はい」



一口、二口お茶をすすると、周防さんの顔を見た。



「私達はまだ会って一日も経ちません。今日いきなり結婚を申し込んでも戸惑うでしょう。なので、今後もこうやって2人で出掛けて、お互いをもっと知っていきましょう。私も、千代さんについてもっと知りたいです」



「……そうですね」



「ですから、結婚を前提にお付き合いして頂けないでしょうか」




お付き合い……


『はい』って言うべきなの?



どちらにせよ、私達って結婚しなきゃなんだよね。


なら、ここで答えを渋っても意味が無いのかな。



「…………はい」




「では、よろしくお願いしますね、千代さん」



あれ……?おかしいな。



急に眠気が……



「千代さん、どうされましたか?」



「い、いえ……少し眠くて」




「きっと、昼間はしゃいで疲れたんですよ。少し眠ったらいかがですか?」




だんだんと眠りの体制にはいる私の体は、起きようとしてももう無理だ。




「じゃあ……少しだけ」




横になると、自然と目は閉じて、何も聞こえなくなった。







「はっ、容易いものだな……よく眠ってる」



千代の頬を軽く突く。



けれどびくともし無い。



「さて、少し味見でもさせてもらうとしようか」



怪しい笑みを浮かべ、千代の上に四つん這いになる。




「流石、綺麗な顔だ……今までの女とは桁違いだ」



髪、頬、唇、首筋へと、長い指を這わせる。




それでも、千代はびくともしなかった。



何故なら、周防が千代が席を外している間に、お茶に微量の睡眠薬を投与したからだ。




「まずは首筋にでも……」



周防は、自らの綺麗な唇を、千代の首筋に這わせた。



軽く噛んで、痕まで付けた。



唇を離すと、満足気な笑みを浮かべ、次は千代の可愛らしい唇に狙いを定めた。




「君を俺の物にしていく。きっとこの唇に男が触れた形跡は無いんだろうな。その初めてを俺が______」



少しずつ、距離を近づけ、もう少しで唇が触れそうな時____________



「千代!」



襖が勢いよく開けられ、そこには周防でさえテレビで見覚えのある顔がいた。



「ちっ……誰も居れるなと言ったのに……」




「アンタ、千代に何してるわけ?」



悠太の口からとは思えないほど低くて冷めた声が発せられた。



「見れば分かるだろ?」



「は?それ、千代の許可取ってやってるわけ?」




「許可をとろうが取るまいが、行く行くは夫婦になるんだ。そんなこと関係ないだろ」



「残念ながら、そんな化けの皮を被ったアンタなんかに千代をやる気はないから」



ズカズカと個室に入り、周防を払い除けると千代を抱えた。



「っ!何をする」




「千代、千代……」



「はっ、睡眠薬でぐっすりだから当分は起きないだろうな」



「千代、帰ろう」



「っ!君、彼女をどこへ連れていく気だ。彼女は俺との交際に『はい』と答えたんだ」



眠る千代にそう言って、お姫様抱っこをすると周防が止める声を無視して料亭を後にした。




車の中で、悠太は苦しそうにそうに謝った。




「ごめん、千代」



(千代がもし周防の事が好きになっていたとしたら………僕はそれを踏みにじることになる)



それでも、眠った千代の前で言った周防の言葉は、周防の本心だと断定出来るからこそ千代をアイツに渡してはいけない、そう強く思う。




個室での会話全て聞いていた悠太には怒りと悔しさで満ち溢れていた。



そっと千代の首筋を見れば、周防が付けた痕がある。



それが嫌で嫌で、もう一歩早ければ良かったと思うばかり。




「もう、いっそのこと僕のこと……好きになってよ」



千代には届かない声をそっと囁いた。


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