正しい紳士の愛し方
樹は「ううん」と首を振って笑ってみせた。
「大丈夫。さっき、何て言ったの?」
「たいしたことじゃないよ。それより、仕事は順調?美容師って気遣うし手も荒れるしハードだろ」
「バイトの時より大変なことは多いけど、やりがいあって楽しい。手荒れは職業病みたいなものだし、スキルを磨くためには仕方ないかなって……」
樹は念願だった美容師という仕事について活き活きと語る。
ハンドクリームを塗っても普通よりカサカサした自分の手をこすり合わせた。
聞き上手な彼に自然と流されるように、樹は「それに……」と話を続ける。
「お客様が可愛くなったりカッコ良くなったりして笑顔になるのが嬉しいの。年齢とか性別とか関係なく、みんなキラキラしてるんだ。今はまだ見習いだけど、いつかアタシの手でもさ――…」
思いを話す樹の手を彼の手が優しく包み込んだ。
互いの体温が手と手の間で混ざり合う。
さっきまで外にいた樹の方がほんの僅かに冷たかったが、それも彼に触れられることで熱を増していく。