正しい紳士の愛し方


大和さんとデートをした日からというもの、樹のスマホには彼から何度も着信が入った。


何を話して良いのか分からないまま電話を取らずにいると、どんどん気まずくなっていく。


そんな子どもじみた事をしているうちに月末はやってくる。


「お先に失礼しまーす」


アルバイトの女の子が先にスタッフルームを出ていく。


樹はその子に「お疲れ様」と形式的な挨拶を返すと、自分のロッカーから荷物を取り出した。


「樹ちゃん、今夜のコンパよろしくね!」


同じようにスタッフルームで準備をしていた里奈さんが機嫌を窺うように寄ってくる。


樹は「はい」と返事するだけにとどめた。


行くとは言ったものの、他の参加者と同じように楽しむ自信は正直無かったから。


「そんなに気負いしなくて大丈夫だよ。美味しいディナー食べに行くみたいな感じでさ」


「そうですね」


樹が相槌を打ったその時、バッグの中のスマホが鳴る。


里奈さんもそれに気付いて「じゃあ、私はもうひと働き。これが終わったら今夜も彼とデートだから、気合い入れなくっちゃ」とご機嫌に出ていった。



また大和さんからかな……。



樹はバッグからスマホを出して、着信を確認する。


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