正しい紳士の愛し方


「ごめんなさい、もう帰ります。今日はありがとうございました……」


樹は深くお辞儀する。


今、一緒にいると嫌な女になる。


なんだか色んな事がありすぎて、心が追いつかない。


大和さんに背を向けて、黙って歩き出す。


「……言い逃げなんて酷くない?俺にも言い訳の一つぐらいさせてくれよ」


大和さんに手首をつかまれて、樹は足を止めた。


たしかに卑怯だ。


自分だけ言いたいこと言って逃げるなんて……


たとえ、どんな辛い現実だっていつかは聞かなきゃならないわけで。


明日か明後日、半年後か一年後なのが今夜になっただけのこと。


「……わかった」


樹はコクリと頷く。


大和さんは拘束していた手首を一度解放し、改めて手を繋ぎ直してから「ありがとう」と告げた。


「近くに車停めてるから移動しながら話そうか」


「うん」


そうして、二人は揃って歩き出した。


手を繋いでホテル街を歩くのはなんだか居たたまれなくて、樹はずっと視線を地面に向けたまま歩いていた。



< 88 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop