正しい紳士の愛し方
せっかく泣き顔を見られないように逃げてきたのに。
樹は涙腺が再び決壊してしまう前に彼と距離を置こうとする。
「……さっきは俺の代わりに泣いてくれてありがとう」
泣いてたの、バレてた。
大和さんには敵わない。
全部お見通し。
樹は大和さんの広い背に寄り添うようにして立つ。
「べっ、別に大和さんのためなんかじゃないよ。アタシ、失恋相手の失恋の失恋泣きの代行なんてやれるほど心広くないんだよね……
何……この失恋オンパレード……マジで可笑しくてホント泣ける……」
笑い泣き。
普通に泣くより二割増しで不細工に違いない。
でも、背中合わせならきっと平気。
温室の天井から覗いているまんまるお月様しかこの顔は見てないんだから。
涙が零れないように上を向いて樹は続けた。
「この際だから言っとくね。アタシ……大和さんを好きでいる事をやめようって思ったの。
大和さん、綺麗な女の人が好きそうだし、百合さんみたいな素敵な女性に勝てるわけないしさ。だから、コンパにも参加したの。身の丈にあった人を探そうって……」
嘘ばっか。
涙を我慢すると、鼻の奥がツーンとした。
嘘を付いた罰みたい。
大和さんは「それで?」と冷静に問う。
「それで……それで……だから、だあのね……」
言葉が詰まって出てこない。
ここまで言って、残り一言なのに。
“アタシの事はもう気にしないで”
そう言ってしまえばおしまいだ。