そこには、君が







私を見る大和が。


大和を見る私が。


一瞬、視線が外れた。


その時。








「明香、」








それはそれは、一瞬の出来事。


お互いがもがくように、


心の中でジタバタする。


大和は名を呼びながら、


静かに私の後ろ頭に手を回し。


私は大和の腰あたりのシャツを掴み。


しばらくそうして、佇んで。


ここで突き飛ばせばよかったのに。


何してんのって言えればよかったのに。


それが私には出来なかった。


違う。


違うの。


何度言い訳しても、


キリがない。


私も同罪だ。








「ん…っ、」







ほんの一瞬で、


大和の顔が目の前に来て。


私の腰が少し浮かされて。


唇と唇が近付くまでに、


変に時間が空いて。


熱い息が分かって、


私からも漏れて。


大和は、まるで壊れ物を摘まむように、


優しく私を包んだ。








「…っん、はっ……、や、まとっ…」







息をつく間も与えられないまま。


優しく、でも強引に、


これでもかと言わんばかりに。


私に大和はキスをした。









「…っはぁ、苦しっ…」








息がもたない。


そう思った時、大和が離れた。


そして無理矢理に私の頭を、


自分の肩下に埋め込む始末。


私は肩を上下に揺らしているのに、


大和は何でもないよと言うように、


平然と私を抱きしめたまま。








「明香」









何を言うのかなって。


身構えた私に言ったのは。









「ごめん」









たったの、三文字。


耳元で聞こえるその声は、


いつもの俺様感は微塵もない。









「…帰る、ね」









何も言わない大和を見つめると。


何でそんな顔で見てるの、って


言いたくなるくらい。


悲しそうな顔をしていた。








「……訳、分かんない」








自分の家に入って、


力が抜ける。


玄関のドアにもたれながら、


立てなくなった。


何が起こったかは、


頭では理解してる。


だけど、突然の行動だとか、


あの表情とか、


最後のごめんが理解出来ない。


そして、流れる涙が、


一番理解出来ない。








「…なん、で」








だけど一つ、


分かっていることは。


大和といるあの一瞬が。


触れた温もりが。


交わした唇が。


嫌じゃなかったこと。


そして、


間違いなく私も、


手を伸ばしていたってこと。











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