そこには、君が
エレベーターが1階に着くと、
彼女は私に先にどうぞと譲った。
言われるがまま先に出た。
彼女もエレベーターを降りる。
去る時、なんて言おうか。
そんなことを考えていると、
非常階段の方から駆け降りる足音が
バタバタと響いてきた。
何事かと2人並んで動きを止める。
するとそこに現れたのは、
息を切らし肩を揺すった大和だった。
「いた…、」
見るからに走ってきましたと、
息が声になって口から出ている。
手には、暖かそうなマフラーが握られていた。
「間に合って良かった」
「ごめん、大和くん!忘れてたんだ、私…」
彼女は私の横を通り過ぎた。
少し駆け足で行くものだから、
風が私を吹き抜けた。
寒い。
「じゃあ、またね」
「ああ」
その彼女はマフラーを受け取ると、
私に軽く会釈をして帰っていった。
私は会釈をする余裕なんてなくて、
ただ大和を見て立ち尽くすだけだった。
「ばかだろ、お前」
そう一言言いながら、
大和は上着を脱いだ。
私の薄着を見かねてか、
脱いだ上着を私に差し出す。
何も言わず無言のまま、
こちらに腕を突き出している。
私はそれを受け取って今すぐにでも
着たいところだったが。
「要らない」
私は断った。
本当は寒いのに。
強がるレベルじゃないのに。
「寒いんだろ」
久しぶりに私に向けられた声。
視界に私が入っている。
素直になれない私は、
大和の優しさに首を振った。
「迷惑な女」
大和はそう言い残して、
上着をその場に置いた。
私が取らざるを得ないように、
そのままエレベーターに乗り込んだ。
何度も要らないと伝えたが、
体は一向に動かせず、
本能は温もりを求めていた。
「温かい…」
取るしか選択肢がなかったから。
私は上着を手にした。
大和の温もりが欲しかったからでも、
寂しかったからな訳でもなく。
あの暴君が、横暴な手段に至ったからであって、
それ以外の何でもない。