そこには、君が
「…っ、っと、何…」
トイレを出た瞬間、
名を呼ばれたと思ったら。
瞬間で腕を掴まれ、
引っ張られた。
壁に打ち付けられて、
少し背中が痛い。
覆い被さるようにそこにいたのは、
匂いだけで分かる、あいつだ。
「お前さ、」
声が怒ってる。
それが分かったのに、
私は胸が躍った。
大和だ、と心が嬉しがっていた。
「ジャケットって、どう使うか知ってるか?」
後ろを人が通る。
周りから見れば、男女が通路で、
抱き合っているように見えるだろう。
それくらい近距離で、
大和は小さく私に言う。
「ちょっ…大和、なにっ…」
「こんな足出して。いつからそんな露出女になったんだ」
大和はそう言うと、
ゆっくり静かに、
私の内腿を膝から上へなぞった。
恥ずかしいのと同時に、
見られたらまずいと判断し、
大和を押し返す。
必死の抵抗が、
ただの空回りで終わっていた。
「似合う?」
必死に出した言葉は、
大和への挑発にしかならず。
「貸せ」
強引に私の腕にかかっている、
自分のジャケットを奪うと。
私に羽織らせるかのように後ろに回し。
両襟を掴んで引き寄せると。
大和の手によって作られた暗い空間が出来た。
おでこをごつんと当ててくると同時に、
片方の手が襟を離し。
その手で私の顎を少し持ち上げた。
「あいつと別れろ」
「…なに、」
「別れてくれ」
大和はそう言って、
切なそうな声を出し。
「……っん、」
優しく愛しそうに、
私にキスをした。
私は驚かなかった。
これが一度目ではないからか、
それともシチュエーションからかは分からない。
だけど、受け入れてしまった。
あの時、大和の家でのあの時と、
同じ気持ちだった。