そこには、君が
「大…和っ、ん」
息を切らす私を見下ろす大和は、
全く動じず、平然としていた。
だけどそこにはいつもの乱暴さは微塵もなく、
優しさだけが伝わるようだった。
「ジャケット脱ぐな」
「む、無理だよ…そんなっ」
「せめて羽織れ。言うこと聞け」
キスを止めたかと思うと、
真っ直ぐ私を見て、
ジャケットを脱ぐなと言う。
理由を聞いても言わないし、
拒否もさせてもらえない。
「分かったよ…」
「最初から聞けよ、ばーか」
大和はそう言って、私を鼻を摘み、
流し目で私を見ると、自分の席へと
戻って行った。
私はしばらくその場から動けず、
大和のジャケットと微かに香る香水に
包まれて、佇んでいた。
「あれ、」
「遅かったじゃん明香。心配したよ!」
数分後、席に戻ると、
最初同様に徹平たちがいなかった。
聞くと、裏の準備が手が足りず、
手伝いに行ったらしい。
そして。
視線の先にいた大和たちは、
全員姿を消していた。
「あそこの人たちは?」
「あー、ついさっき帰って行ったよ」
ふーん、と、グラスを口に運ぶ。
横から凛の痛いくらいの鋭い視線が
飛んできていた。
「何か?」
「さっきから気になってたんだけどさ」
凛はそう言って、私が肩に羽織っている、
大和のジャケットの裾を軽く引っ張った。
そうだよね、気になるよね。
そう思いながらも、なんて言っていいか
分からず、グラスを口から離せない。
「永森くん、だ」
「ん」
「やっぱり」
少し溜め息を吐いた凛は、
私の方へ体を向き直し、
少し近くに寄って、
小さな声で話し始めた。
「私、この前永森くんに、」
明香を別れさせてくれって頼まれたんだ。
「え?」
凛の言葉に動きを止める。
そこへタイミング悪く、
徹平たちが戻ってきてしまった。
「もうそろそろ帰ろうか」
お開きになったのは、
それから30分後のことだった。