そこには、君が
私が一歩後ろへ下がった時、
床が鳴った。
その音は静寂な空間に響くには、
大きすぎる音だった。
「あ、」
そこからはスローモーション。
どうやって玄関まで行ったか分からない。
返しに来たはずのジャケットを持ったまま、
私は大和の家を出ようと必死でもがく。
けれど思うように体は動かず、
玄関のドア前で腕を引っ張られた。
「待て、明香っ…」
「いや!離して!」
思い切り掴まれる腕を、
必死に振り回す私。
力では勝てないのは分かっているけど、
それでも抵抗せずにはいられない。
「待てって…」
大和は必死に私を引き留め、
私は必死に逃れようとする。
強引に振り向かされ、大和の方を向くと、
その向こう側にあの女の人が立っていた。
こちらを心配そうに眺めている。
「大和、見てるってば」
「関係ねえ」
「関係ないわけないじゃん!何なの!?自分勝手にも程があるでしょ!」
言って、やった。
言って、しまった。
「…説明するから、」
家で待ってろ。
それだけ言うと、私の腕を静かに離し、
私に背を向け、あの子の所へ行った。
私はその背中を見たくなくて、
目を瞑った。
玄関のドアを開け外に出ると、
寒さが体に染みた。
説明をするほどの相手なのだろうか。
今更、何を言おうというんだ。
別に言ってほしい訳じゃないのに。
家に入るとすぐにお湯を沸かした。
こんな寒い日はココアが恋しい。
電気も付けず、窓際に腰を下ろし、
静かに目を閉じた。
私の耳には、大好きな音が鳴っていた。
トーン、トーン、シュッの音。
もう今は聞けなくなってしまったが、
やっぱり私を癒すのはあの音だ。
そう考えていると少しずつ落ち着いていく。
ホッとしながらココアを口に運ぶと、
玄関が開く音が聞こえた。
きっと大和だからと、
私は目を開けなかった。