そこには、君が
「傷、痛む?」
「擦り傷だ」
そう口では言いながら、
少し顔を顰める。
こんな傷、いくらでも見てきたのに、
今回はやけに胸がざわつく。
「今日は部屋待機だから」
「京也は?」
「知らね」
大和は眠そうに欠伸をすると、
そこにあるベッドに沈み込んだ。
今日が最終日前で良かった。
じゃなかったら、一緒に行動出来ないとこだった。
そう考えて、昨日が楽しかったことを思い出す。
「何かしてほしいこと、ない?」
「飯食わせてほしい」
「あのさ、もうちょっと現実的なこと言ってくんない?」
台所も食材もないのに、
どうやって作れと言うのか。
適当な男に、心底呆れるが、
やっぱりいつもと違うのは、
心が躍るということ。
「なあ明香」
すると突然。
大和らしくないことを言った。
「来月、お前誕生日だろ?」
「え、うん…そうだけど、」
あまりにも不意な言葉に面を食らう。
この大和が、私の誕生日を、
覚えていたなんて。
「その日、空けとけ」
「え、何急に」
「いいから」
「うん…分かった、」
思いがけないその言葉が、
嬉しくて仕方なかった。
誕生日を祝ってくれるなんて、
今までなかった。
誕生日だと主張しても、
飯作れとかケーキ買ってこいとか、
一度たりとも祝うということを
この男にされたことがなかった。
「何、欲しい?」
「何って。別に要らないよ」
「今年からはプレゼント買ってやる。だから考えとけ」
有無を言わさないこの言い方に、
私は黙って頷くしかない。
プレゼント、か。
どうしよう。
そう思いながら時計に目をやると、
夕食の時間になるところだった。
「あ、じゃあそろそろ戻るね?」
私はベッドに沈んだままの大和を残し、
部屋を出ようと背を向けた。
「明香っ…」
その時。
手を引かれて、名前を呼ばれた。
「え、」
「誕生日のその日、」
大和が大和じゃないようだ。
「話がある」
「…話?」
この男に迷惑さえかけられたことはあるものの。
こんなにドキドキさせられたことなんて、
なかった。
「だから、絶対空けといてくれ」
「あ、うん。絶対…空けとくから」
私はその返事の勢いで、部屋を出た。
もうこの後のことは何も考えられず、
ただ夕飯を食べ、お風呂に入り、
眠りに就くだけだった。
修学旅行の最終日は、
何も手につかず何も頭に入らず、
気付いたら学校へ帰っていた私だった。