そこには、君が
「私、好きな人がいるんですよ。名前も知らない人ですけど」
何回も凛を通して誘われて、
本当は内心嬉しかった。
いつもいつも、行きたいと思ってた。
「家の窓があそこにある公園に向いていて」
なんて言いながら、
部屋がある場所を指さして。
「あそこにある公園に、決まった日に来る人がいるんです」
「決まった日に?」
「本当に名前も、顔すら全然知らないんですけど。だけど、私を支えてくれてるんです」
あの人の存在は、
寂しい時も嬉しい時も、
ずっと音を奏でて包んでくれる。
「何で、その人に会いに行かないの?」
そう聞かれ、
何も答えられなくなった。
会いに行かないのに、
特別な理由はない。
だけど、会いに行けない。
勇気がない。
だって向こうからしたら、
私は知らない人だもん。
「ココア、ありがとうございました」
私は、小さく頭を下げ、
階段を急いで上がった。
振り向かない。
どんな顔をしているのかも分からない。
だけど私は、振り返らなかった。
それからすぐに、凛から連絡が入り。
徹平さんが夜に来るということを聞いた。
遅くなってごめん。
そう言う凛に、私は平然とした答えを返した。
もし凛が、昼間にそれを伝えて来たとしたら。
私はどうしていただろう。
そんなことをぐるぐる考えていたら、
外はもう明るくなっていた。
何で、私に会いに来たのか。
それを考えるだけで、
なぜか私は火照っていて。
もう一度、あの瞬間に、あの時間に。
なんて。
思っている自分がいることに、
気付いてしまった。