そこには、君が




心地いいサックスの音色が、


私の胸に飛び込んで来た。


大好きな、音。


掠れる音が雰囲気を出し、


こっちへおいでと招いている。






「ごめん、切るね」





もう京也の言葉は、


何一つ響かない。


携帯をしまうと、


今朝の電話を思い出す。


"今日夜会いに行く"


まだ夜じゃない。


だけど、こんな音を出せるのは、


あの人しかいないの。


これでもかと足を動かす。


息が切れるのなんて、


全く辛くない。


公園のフェンスをよじ登りたい。


そんな衝動を抑えながら、


やっとの事で入り口に


辿り着いた。






「……、っ、」





日頃から運動不足な私は、


肩を上下に揺らすことすら


しんどい気もする。


目の前に彼を捉えると、


自然に頰が緩む。







「明香ちゃん!」






音色が止んだのと同時に、


名前を呼ばれた。


それすらもが、


心地いい音に聞こえる。






「徹平さん…、まだ夕方なのにっ…」






息を整えながらも、


言葉を紡ぐ。


そんな私の疑問を。






「何よりここに来たかった、だけ」





吹き飛ばすくらいの勢いで、


淡々と答えてくれる。


必要だと、


そう言われているような。


そんな感じがしてたまらない。






「それに、」




「えっ、」




「元気ないなと思って」





違う?


そう聞く徹平さんに、


不思議と涙腺が壊される。


いきなり泣くなんて、


私は卑怯だ。






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