そこには、君が
この人には、
到底敵わない。
「あーすか」
初めて呼び捨てで呼ばれ、
この人は私の手を引いた。
赤いペンキが塗られたベンチに、
私を座らせると。
「ゆっくり話して」
目の前にしゃがんで、
私を安心させながら、
軽く手を握ってくれた。
もう大和のことなんて、
どうでもよくなるくらい、
私は目の前のこの人に夢中だ。
「自分でも…自分おかしいって…分かってて」
一部始終を話すと。
徹平さんは黙って下を向き、
溜め息に似た深い息を吐いた。
そして、空いている手で、
自分の髪をめちゃくちゃにすると。
また、より一層深く息を吐く。
「あのさ」
さっきまで明るかった
夕焼け空が、もう濃い青に
染まろうとしていた。
遠くに買い物袋を下げた、
どこかのお母さんが見える。
もうそんな時間か、と。
沈黙がそう思わせた。
あのさ、と言った徹平さんは、
その後の言葉を言うのに、
何時間だと思わせるような
数秒を空けて。
「あの彼のこと、好きなんでしょ」
トンチンカンなことを、
真顔で言った。
「え、違います…っ」
「何が違うの?だって好きだから、嫉妬するんじゃないの?」
薄暗いせいで、
徹平さんが少し怒って見える。
何かきっと、勘違いを
させたに違いない。
「やっ、大和はただの幼馴染で!」
「本当に幼馴染だけ?」
「もうなんていうか、兄弟みたいな、そんな感じで!」
焦って言葉が出なくなる。
言いたいことは違うのに。
もっと他のことなのに。
モゴモゴする私の手を、
静かに離す徹平さん。
もう頭が真っ白になって、
思いのままが言葉に出た。
「待ってください!違うんです…っ!私は確かに、大和のことは幼馴染として好きですけど。で、でもあの!」
涙の代わりに、
変な汗が出る。
「好きなのは…!大好きなのは、徹平さんだけだから!本当に、私あのっ…!徹平さんがだいすっ……き、」
早口で言いまくる私の口を、
軽く優しく手で覆う徹平さん。
私を見つめる表情は。
「聞きたかったこと、そのまんま」
「ふぇ…?」
いつもの意地の悪い笑みだ。
やられた。
騙された。
「可愛すぎんの、まじで」
髪を撫で、
私の隣に腰を下ろす。
「それが本音だよ」
「本音?」
「幼馴染くんのこと、本気で大切なんだよ」
大和のことは、
本当に本当は大切。
自分でも分かってる。
「幼馴染と彼氏って、紙一重だろ」
「え、どこが!」
大和と徹平さんが、
紙一重って!
そんなことあるわけない。
驚いて隣を見ると。
「んっ…、、」
静かに私の頰に手を添え。
可愛いと囁きながら、
そっと初めてキスをした。
「同じ好きでも、俺しかこれは許されない」
爆発級に、
私を乱してくるこの人は、
本当に天才だ。
「もー本当、意地悪」
「もっかい、する?」
可愛い顔が目の前に来て。
この私が、嫌なわけない。
こくりと頷いてみせた。
「もっかい、する」
「お前まじでやばい」
まじでやばい、の意味が、
理解出来ないまま、
もう一度徹平さんに包まれる。
優しく触れる彼の一挙一動が、
いつも以上に愛しくさせた。