そこには、君が
「何かあった?」
優しく問う彼に、
私は大きく首を振る。
何もないことにしたい。
私が見なかったことにすれば、
全ては丸く収まる。
だから。
…だけど、それがもし、
私の知らない徹平さんを
知っている人だとしたら。
これから先、ふと思い出した時に、
私は上手く忘れられるだろうか。
「言って。頼むから」
「でも…」
躊躇したのは数秒なのに、
長く永く感じた。
本当に何でもない、と。
言おうかどうか迷った挙句。
口を割ることにした。
「今日、街で…見たんです」
言わぬ後悔よりも、
言って後悔したい。
それで去って行ったら、
そこからまた考えればいい。
「柴崎さんと徹平さんが…女の人と歩いてた」
そう言うと、
しばらく考えた後に、
思い出したような表情を浮かべた。
「徹平さん、モテるだろうし、仕方ないかって思ったけど。でももし、あの人のことが好きだったりしたら…とか考えちゃって」
さすがに嫉妬したなんて、
口には出さない。
今の自分には些細なことすぎて、
ベッドでの涙が恥ずかしい。
「で、でも…!もう大丈夫なんでっ」
「俺、モテるの?」
「…へ?」
拍子抜けするようなことを、
真顔で言う徹平さんに、
思わず戸惑ってしまった。
そんなこと、
聞く人初めてだ。