深夜1時のラブレター
ふっと消えたり、急に現れたり。
まさに神出鬼没という言葉がぴったりな時枝ディレクターは、やはり疲れた様子など1ミリも見せずに完璧な装いで、ちょっといいか?と、使われていない部屋のドアを指差した。
「2つ目に読んだやつのコメントはまずかったな」
部屋に入るなり、いきなり駄目だしが始まった。
読んだやつのコメントというのは、リスナーから届けられた"手紙"に対する私の受け答えだ。
「2つ目というと、ええっと……」
「遠距離恋愛のやつだ」
「あ!」
高校時代の彼氏と遠距離恋愛の末に自然消滅みたいになって、別の人と結婚が決まったという人からのお手紙だ。
私、あれに対して何て言ったっけな?
「"遠距離してた相手とは縁が無かったと思って、諦めて?"」
「あ、」
「お前は縁が無いと思ったら簡単に諦めるのか?」
「それは、」
「そもそも"縁"ってなんだ?俺は目に見えるものしか信じないな」
迫られると逃げたくなるのは、人間の性なんだろうか。
1歩2歩と詰め寄られて、気が付けば壁際まで追いやられ、慣れた指が私の顎の添えられる。
ゆっくりと目を合わせた彼は、怒っているようにも、愉しんでいるようにも見え、その心の中にある感情は、読み取れなかった。
「時枝さん、」
「ふたりの時は隆司と呼べと言ったはずだ」
「……りゅうじさん」
1ミリだって甘さは無い。
ほろ苦さなら、窒息しそうなほどにある。
私の唇を自由気ままに蹂躙する彼は、やがて満足したように部屋を出て行った。