深夜1時のラブレター
「彼、パーソナリティー志望だったそうよ」
「え?」
年がもう暮れようとしている頃だった。
会社近くのカフェで一緒にお茶をしていた杏子が、如何にも今思い出したかのように手を叩き、日野さんの話題を持ち出してきた。
あの事件から1ケ月近くが経ち、彼について何となく触れてはいけないといった空気が社内に流れている。
万年睡眠不足の顔をした、寝癖頭の、気さくで人懐っこくて、たくさんのアクシデントも潜り抜けてきた有能なアシストディレクターの存在は、みんなの記憶から封印されつつあった。
だからこそ、ふいに彼の話をされると、反応が鈍った。
声がすぐに出てこない。
「……そうなんだ」
「何?びっくりした?」
「いや、あ、うん。言われてみれば」
思い当たるところは、いくつかあるかな。
そう言うと、珈琲カップに口をつけた杏子が、へぇ?と、片方の眉毛をあげた。
直接、日野さんに聞いたわけじゃないけど、彼が社外のアナウンス講座を受けていたことは知っていた。
”何事も経験だよ”
彼はそんな風に言っていたけど、眠る時間を削ってまでして、誰があんな面白くもなんともない講座を受けるっていうの?
そう思ったことを、覚えてる。