白鷺の剣~ハクロノツルギ~
「以蔵さん、やめて。白鷺一翔を奪わないで」

「白鷺一翔こそ、人斬りの俺に相応しい刀だ。これは……甘すぎる」

これとは多分、私の喉に押し当てているこの刀の事だ。

「以蔵さん、信じてもらえないのは分かってる。でも、もうすぐ江戸幕府は終わる。あなたはそれを見る前に殺されてしまうわ。お願いだから、自分を大切にして」

私がそこまで言ったとき、以蔵さんが私の耳に唇を寄せた。

その時僅かに彼の瞳が見えたけど、何かに怯えるように揺れていて、苦悩が広がる胸の内が垣間見えた。

「それでも俺は……進まなきゃならないんだ」

「ダメよ、人斬りなんてやめて。あなたに死んで欲しくない」

脳裏に、昔聞いた岡田以蔵の辞世の句が蘇った。


『君が為 尽くす心は水の泡 消えにし後は澄み渡るべき』


あんな切なく悲しい句を詠んで死んで欲しくない。

「以蔵……」

「もう、遅い」

以蔵さんは短くそう言うと、刀に再び力を入れた。

白鷺の後ろで宗太郎が身構える。

「早く白鷺一翔を渡せ。俺は融通が利かないんだ」

二度目の痛みが喉に走った時、白鷺が手にしていた刀をこちらに投げた。

カシャンと地を転がる音が耳に届く。

嘘……!

素早く以蔵さんがそれを拾い上げると、私の耳に唇を寄せて、

「悪かったな」

囁くように言った。

「待って、以蔵……」

それから私を思いきり白鷺に向かって突き飛ばすと、彼は走り去った。
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