maybe……Christmas
maybe……Christmas
空から降り続けるぼたん雪のせいで、一歩先すらちゃんと見えなかった。
重たく睫毛に降り積もる雪を払い、目を凝らしても、自分が歩いている道は車道か歩道かすら分からないし、とにかく滑る足下が不安定で危なっかしい。
雪は飽きることなくどんどんどんどん降ってくるので、テトリスみたいに。
のろまな私なんかは頭のてっぺんから順番に、体が白で埋め尽くされて、ゲームオーバー。
藻掻いても、足掻いても、もうどうにもなんないね。
「いらっしゃいませ」
黒だったはずのコートがほどんど白くなった頃、あたしはなんとかケーキ屋にたどり着いた。
「ーーあの、ケーキ。予約してたんです、けど」
予約した日に渡された控えの紙は、無くしてしまった。
もしかしたら部屋中探したらどこかにあるのかもしれないし、あいつが間違えて持って行ってしまったのかもしれない。
「ご予約のお名前は?」
「山……、あ、本田です」
メイドみたいな制服を着た店員は、「お待ちください」営業スマイルを残して店の奥へと消えた。
「“本田です”、だって…」
誰もいない店内で、自虐的な独り言。
3週間前に一緒にここに来た時、あいつの名前で予約した。
カタログを見て目星つけてから来たのに、店で生のケーキを見たら迷ってしまって。結局20分くらい、ふたりで話し合ったっけ。
「本田様、お待たせいたしました」
ケーキひとつに、あんなに熱く語り合えたのに。
どうして将来のことをもっと、真剣に話し合わなかったんだろう。
「ご予約のお品ものは、こちらの5号のケーキでよろしいですか?」
「はい」
チョコレートで作られた、屋根に雪が積もった小さな家。
かわいいね、って。これが決め手になったんだ。
いつかこんなかわいい家に住みたいよね、ってあたしが言って、隣で微笑んでくれたあの人は、もう、傍にはいないけれど。
「こちらのメッセージカードをお付けしますので、お使いくださいませ」
店員は空白のメッセージカードをあたしの目の高さに掲げると、両手で大事そうに、ケーキの箱の上に乗せた。
「…ありがとうございます」
5号のケーキは、思いの外ずっしりしていた。外は、降り積もる雪の夜。
さあ、帰ろう。
ひとりで過ごす、暗くて寒いあの部屋へ。
ひとつため息を吐いてマフラーをしっかり巻き直し、ドアへと歩き出したとき。
「あ、本田様!お渡しするカードがもうひとつございました」
「え?」
振り返ると、焦った表情の店員と目が合った。
「こちらお渡しするようにと、お連れ様に頼まれておりまして」
レジの下の引き出しから、小さな白い封筒を取り出す。
お連れ様?
なんだろう…
不思議に思い首を傾げながらも、その封筒を受け取る。
中のカードが透けていて、クリスマスツリーのイラストがうっすらと見えた。さっき店員があたしにくれたのと、同じデザイン。
でもそのカードは、空白ではなかった。
「……ありがとう」
コートのポケットにそっとしまうと、あたしは一瞬だけ店員に笑顔を向けて、店を出た。
“寒い夜
そちらは雪が、降ってますか?”
「…降りすぎよ」
街灯が乏しい暗い帰り道も、真っ白な雪のおかげで、この先の道がはっきりと見えた。
涙で滲んで、雪の粒が膨張する。
睫毛が重たいから、何度も瞬きをしなきゃなんない。
けれど、おかげでね。
ポロポロと頬を伝って流れてゆく涙と一緒に、迷いや疑いがあたしの体から剥がれ落ちていくように。
独り善がりな過信も、蓄積して行き場を失った意地も。この先にある未来さえ。
ひどく見晴らしがよく、きっぱりと明るくて、優しく輝いているような気がするの。
「5号なんて、ひとりじゃ食べ切れないなぁ…」
ポケットの中を痛めないように、コートの上からそっと優しく撫でた。
存在を幾度となく、確かめるように。
たった今、ふんわりと舞い降りた粉っぽい雪が、あたしの吐息に溶けてゆく。
ああ、睫毛が重たい。
ケーキも重たい。
雪の嵩が増す。
心に降り積もる。
染み入っては、際限なく深まり続ける、あいつへの想いのように。
“こっちの町はそっちよりも
もっと雪が深いです”
突然の辞令に。
一緒に行こう、って。
知らない町だけど付いてきて欲しいと、言ってくれなかったのは。
あたしとの未来を、真剣に考えくれなかったからじゃないんだ、って。
この、柔らかな雪が降る、聖なる夜に。
信じても、いいんだよね?
“――I'll be back”
ケーキの箱に、雪が積もる。
正方形の小さな家に、まるで綿菓子の屋根ができたみたいで、かわいいよ。とっても。
雪も、そう悪くはないね。
来年は、一緒に見ようよ。
“maybe……next Christmas”
END
重たく睫毛に降り積もる雪を払い、目を凝らしても、自分が歩いている道は車道か歩道かすら分からないし、とにかく滑る足下が不安定で危なっかしい。
雪は飽きることなくどんどんどんどん降ってくるので、テトリスみたいに。
のろまな私なんかは頭のてっぺんから順番に、体が白で埋め尽くされて、ゲームオーバー。
藻掻いても、足掻いても、もうどうにもなんないね。
「いらっしゃいませ」
黒だったはずのコートがほどんど白くなった頃、あたしはなんとかケーキ屋にたどり着いた。
「ーーあの、ケーキ。予約してたんです、けど」
予約した日に渡された控えの紙は、無くしてしまった。
もしかしたら部屋中探したらどこかにあるのかもしれないし、あいつが間違えて持って行ってしまったのかもしれない。
「ご予約のお名前は?」
「山……、あ、本田です」
メイドみたいな制服を着た店員は、「お待ちください」営業スマイルを残して店の奥へと消えた。
「“本田です”、だって…」
誰もいない店内で、自虐的な独り言。
3週間前に一緒にここに来た時、あいつの名前で予約した。
カタログを見て目星つけてから来たのに、店で生のケーキを見たら迷ってしまって。結局20分くらい、ふたりで話し合ったっけ。
「本田様、お待たせいたしました」
ケーキひとつに、あんなに熱く語り合えたのに。
どうして将来のことをもっと、真剣に話し合わなかったんだろう。
「ご予約のお品ものは、こちらの5号のケーキでよろしいですか?」
「はい」
チョコレートで作られた、屋根に雪が積もった小さな家。
かわいいね、って。これが決め手になったんだ。
いつかこんなかわいい家に住みたいよね、ってあたしが言って、隣で微笑んでくれたあの人は、もう、傍にはいないけれど。
「こちらのメッセージカードをお付けしますので、お使いくださいませ」
店員は空白のメッセージカードをあたしの目の高さに掲げると、両手で大事そうに、ケーキの箱の上に乗せた。
「…ありがとうございます」
5号のケーキは、思いの外ずっしりしていた。外は、降り積もる雪の夜。
さあ、帰ろう。
ひとりで過ごす、暗くて寒いあの部屋へ。
ひとつため息を吐いてマフラーをしっかり巻き直し、ドアへと歩き出したとき。
「あ、本田様!お渡しするカードがもうひとつございました」
「え?」
振り返ると、焦った表情の店員と目が合った。
「こちらお渡しするようにと、お連れ様に頼まれておりまして」
レジの下の引き出しから、小さな白い封筒を取り出す。
お連れ様?
なんだろう…
不思議に思い首を傾げながらも、その封筒を受け取る。
中のカードが透けていて、クリスマスツリーのイラストがうっすらと見えた。さっき店員があたしにくれたのと、同じデザイン。
でもそのカードは、空白ではなかった。
「……ありがとう」
コートのポケットにそっとしまうと、あたしは一瞬だけ店員に笑顔を向けて、店を出た。
“寒い夜
そちらは雪が、降ってますか?”
「…降りすぎよ」
街灯が乏しい暗い帰り道も、真っ白な雪のおかげで、この先の道がはっきりと見えた。
涙で滲んで、雪の粒が膨張する。
睫毛が重たいから、何度も瞬きをしなきゃなんない。
けれど、おかげでね。
ポロポロと頬を伝って流れてゆく涙と一緒に、迷いや疑いがあたしの体から剥がれ落ちていくように。
独り善がりな過信も、蓄積して行き場を失った意地も。この先にある未来さえ。
ひどく見晴らしがよく、きっぱりと明るくて、優しく輝いているような気がするの。
「5号なんて、ひとりじゃ食べ切れないなぁ…」
ポケットの中を痛めないように、コートの上からそっと優しく撫でた。
存在を幾度となく、確かめるように。
たった今、ふんわりと舞い降りた粉っぽい雪が、あたしの吐息に溶けてゆく。
ああ、睫毛が重たい。
ケーキも重たい。
雪の嵩が増す。
心に降り積もる。
染み入っては、際限なく深まり続ける、あいつへの想いのように。
“こっちの町はそっちよりも
もっと雪が深いです”
突然の辞令に。
一緒に行こう、って。
知らない町だけど付いてきて欲しいと、言ってくれなかったのは。
あたしとの未来を、真剣に考えくれなかったからじゃないんだ、って。
この、柔らかな雪が降る、聖なる夜に。
信じても、いいんだよね?
“――I'll be back”
ケーキの箱に、雪が積もる。
正方形の小さな家に、まるで綿菓子の屋根ができたみたいで、かわいいよ。とっても。
雪も、そう悪くはないね。
来年は、一緒に見ようよ。
“maybe……next Christmas”
END