恋する想いを文字にのせて…
「実家の跡を見に来たのか?…辛いだろうに、よく来たのぅ……」


会えて良かった…と呟きながら歩き出した。
導かれる様に、足が自然と前に進みだした。


俺を止めていた彼女がオロオロしながらついて来る。

その雰囲気を感じ取りながら、おじいさんの背中だけを見た。


…あの夏の日とは違う時間が流れていると感じた。

目の前にいる人は確かに歳を重ねている。


今この瞬間にも老いに近づいていってる…と言った人の言葉を思い出した。

俺の中にも、確実に時間は過ぎているのだ…と思った。



ノロノロと歩み進めた先に、ぽっかりと空間が広がっているのが見えた。

おじいさんはそこで立ち止まり、横を向いて手を合わせた。

彼女が俺の腕にしがみ付いた。

その様子を見下ろし、おじいさんの元へ近づいて行った。




道端に祠の様なものが建立してあるのに気がついた。

1メートルもない木製の祠には、小さな観音像が祀られてあった。


足元の水受けは綺麗に掃除されている。傍のビール瓶には菜の花が生けてある。

手元を見れば、観音像は小さな蔵書を握っていた。


声も出ずに見つめる俺に、おじいさんが説明してくれた。


「菩提寺の和尚が建立されたんだよ。永代供養料が多過ぎると、ブツブツ文句を言われておった…」


「…じゃあ、この観音像は……」


「うん、君の両親の墓みたいなもんだな…」


「こんな道端に…⁉︎ 」


「道端じゃないよ。君の家があった場所だろう?…ご覧、今もまだ変わらない所がある。あの事件の日よりも前から咲いていた花が、今年も芽吹こうとしている……」

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