Pathological love
一通り話して聞かせると、黒木さんは特に驚いた様子もなく、バインダーに挟んだ用紙に何やらメモをとっていた。
「あの………どうでしょうか。黒木さ………いえ、黒木先生。」
「…………………。」
指の上で万年筆がクルクル回っているのを見ながら、返答を待つのは無性に緊張する。
婚約の理由も、やましい所があるから余計に判決を待つ被告人の気分だ。
「秋山さんの過去の事情が明らかなので、そんなに難しいケースではないですよ。」
「そう………なんですか?」
「はい。要するに、秋山さんは幼少期の家族、特に母親から貰えなかった愛情を、女性と関係を持つことで満たそうとしている様ですね。最初はそれが母を求める純粋な寂しい気持ちだったのでしょうが、彼もいい大人です。長年そんな女性関係を続けていると、心にも無理が祟るんです。どんどん言い寄って来る女性のいい面や悪い面を吸収し過ぎてしまって、全ての女性を同一視するようになってしまったのでしょう。一人の女性と長く寄り添って行けないのはその所為でしょうね。」
“母親”私にとってもそのフレーズは耳が痛かった。
未だに母親の呪縛から抜け出せない自分が、そんな彼を前にして真っ当な事を言えるだろうか。
「少し自信が無くなりました。私は、彼に何が出来るのでしょうか?」
「まずは彼の不安を取り除かなければなりません。なにしろ、彼は…フフッ………寂しがり屋さんですから。」
「寂し…がり屋さん?そんな可愛いもんですか?」
「あっそうだ!水川さんは子供好きですか?」
「子供ですか?」
「まだ、経験無いですし、急に聞かれても分からないですよね?」
「………………あのう、イメージ無いかも知れませんが、実は子供大好きなんです。こうなる前は子供だけでも欲しいと思ってたくらいで………。」
「えっ?そうなんですか!じゃあ、秋山さんの治療はあなたが適任かも知れません!!」
「子供好きが何の役に立つんですか?」
「秋山さんを自分の子供だと思って、愛情を持って接してください。大袈裟なくらいが丁度いいです。恥ずかしがってはいけませんよ?」
意味深な笑みを浮かべて、黒木先生は挑むような瞳で私を見た。