Pathological love
食事会当日。
シンプルな紺のセットアップに着替え、真珠のネックレスを身に着けた。
歳も歳だし、浮かれてフリフリのワンピースなんか着て行けない。
本当は、家のクローゼットにはいっぱいコレクションしていて大好きだけど、殆どが鑑賞用だ。
そんなのを着たら最後、キャラじゃないと笑われるのが落ちだし、それが分からないほどバカじゃない。
「こちらです。」
仲居さんの後を追ってピカピカに磨かれた廊下を歩く。
「あの…失礼ですが、間宮印刷の方ですよね?秘書課の本田様は、御存知ですか?」
「えっ?あっはい。どうして、花枝を知ってるんですか?」
「以前、私が新人だった頃、お客様に絡まれた所を助けて頂いて…お見合いの様でしたし、私の所為で御迷惑を掛けていないか心配してたんです。」
「花枝はここでお見合いだったんだぁ………。それなら縁起いいかも。」
「えっ?」
「その縁談上手くいって、結婚しましたよ!むしろあなたのお陰かも。」
「そうですか!良かったです!!ずっと気になってたんです。あの時、男性の方が帰り際に私に言ったんです。『彼女みたいな人、見たこと無いと思いませんか?私は目が覚めた気分です。』って。そうゆう意味だったんですね!」
「今は幸せそうですよ。」
仲居さんは嬉しそうに微笑むと、私にも丁寧に頭を下げて、また歩き始めた。
通された部屋は中庭に面した景色のいい、上等な部屋だった。
きっと、赤坂部長が気を張ってくれたのだろう。
そう思うと、尚更失敗は出来ないとプレッシャーが掛かった。
「既に中でお待ちになられております。」
「あっはい!………ありがとうございます。」
まるで契約が懸かっている商談に向かうみたいに、小さく深呼吸をして気合いを入れた。
(よしっ!)
「失礼します。」
「はい。」
中から落ち着いた声が答えた。
ゆっくりを心掛けて畳の上を歩くと、ドクドクと心臓が煩いくらい高鳴る。
向かいの席に座り、相手の顔を確認すると思っていたよりかなり若い。
顔は悪くは無いのだろうが、短髪の黒髪を横に流してセットした男は、明らかに神経質そうなシルバーフレームの眼鏡をかけていた。
(寄りにも寄って、年下?!今までの人、全員年上だったのに………無いわ………絶対無いわ……。)
「どうかしましたか?」
「いっいえ!!すいません!!初めまして、水川 令子です。宜しくお願いします。」
「山田 和也です。宜しくお願いします。」
山田は少しずれた眼鏡を片手でクィッと直すと、作り笑顔のような貼り付いた笑みを浮かべた。
クールで取っ付きにくそう。
それが、私が最初に感じたこの男の印象だった。