今すぐぎゅっと、だきしめて。


深い森の中
まるで人目を阻むようにひっそりと建つ旅館。

聞こえるのは
クラスメイトの微かな寝息
それから涼しげな鈴虫の声



月明かりが照らす旅館の一室―――……






「ねぇ……“永瀬ヒロ”って誰?」

「……え、えッ?」



大きな声が出そうになって思わず自分の口を両手で塞ぐ。



「なによ、そんなに動揺して……」



大きな瞳を細めて、奈々子は布団の間からあたしの顔をジローっと見た。


うぅ……


奈々子の視線から逃れるように瞬きを繰り返すあたし。



「わかったー。 好きな人が出来たんでしょ」

「なッ! ち、違うってば」



今度こそ、ガバッと布団を剥ぐと、あたしは両手でバシバシと布団を叩いた。



「ちょっとぉ……うるさい」



十畳の部屋に所狭しと並べられた布団。
どこからともなくそんな声が聞こえ、あたしはまたモゾモゾと布団をかぶった。



「ご…ごめんなさい」



…………。


そして、今度は聞こえないくらいの小さな声で奈々子の顔を見上げる。



「……永瀬……ヒロは……うん。 和田君が言ってたみたいにあたしにとり憑いる人」

「は? とり憑くって……幽霊でしょーが。 なのになんで名前知ってんの? ってかユイは幽霊と話が出来るって事?」



奈々子は興味深そうに顔だけをこちらに寄せた。



「……わかんないけど……ヒロだけは、話せるし見えるの」



――……そう。


別に全部が全部見えるわけじゃない。

ヒロだけ。


ヒロだけなんだよ。




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