今すぐぎゅっと、だきしめて。
「あーっ、ユイ? 今どこ? ね、ねっ、ちょっと外出れない?」
「……今から? 奈々子……あたし、そんな気分じゃない」
「ちょっとぉー! なに辛気臭い声出してんのよっ。 ユイらしくないよぉ?夏休みも今日で終わりなのに、家にいたらもったいないって!」
受話器越しに聞こえてくる大きな声に、思わず顔をしかめた。
夏休み最後……。
あーそっか。
奈々子のその言葉で、今日が8月の最終日だと言う事に気づく。
「いいよー、別に。ってか、早く学校始まってくれないかな。その方が気が紛れる」
「暗い……。 あーっもう!いいからほらっ今から迎えに行くから、支度しててよね」
「はああ」って大きな溜息をつきながら言ったあたしに、奈々子はそう言って一方的に電話を切ってしまった。
機械的な電子音しか聞こえなくなったケータイをジトッと睨むと、あたしはのそのそと起き上がった。
なんか頭痛いし。
握りしめていたケータイを、机の上に置くとあたしは鏡を覗き込んだ。
「……ひどい顔」
髪もボサボサ。
手ぐしでさっと髪をとくと、窓の外に視線を落とした。
あたしの部屋からは、庭に植えてあるオリーブの木が見える。
窓を開けておくと、夏でも涼しい風を運んでくれた。
でも。
あたしはその木々の隙間から視線がそらせなくなってしまった。
まるで吸い寄せられるように、そっと窓に手をつき息を潜めた。
「――……れて……ありがとう」
「……俺だって……ご……な」
風にのって、届く声。
何を話しているのかは、わからないけど……。
でも……。
ちぃちゃんの家の門の前に、彼はいた。
夏の日差しを浴びて、真っ黒な髪がほんの少しだけ茶色く色を変えている。
時々見える、笑顔。
首をかしげて目を細める姿。
ヒロが、そこにいた。