今すぐぎゅっと、だきしめて。
アンティーク調の素敵な椅子。
ダークブラウンの丸テーブル。
そこに座ったあたしは、しばらく沈黙。
「……」
な、なにこれ。
目の前にはあたしから視線をそらそうとしない、お兄さん。
な、なな、なにこれ!
意識しなくても瞬きが尋常じゃない。
だって。
だって……。
奈々子ってば、驚いているあたしを置いてさっさと店を出て行ってしまった。
「大丈夫だよ」
そう言ってどこか切なげにあたしに笑顔を向けて。
そして、奈々子は「また連絡するから」とだけ残し、お店のドアのベルを鳴らして真夏の街へ消えていってしまったんだ。
……なんでぇ?
「いらしゃいませ」
その気まずい沈黙を打破してくれたのは、このお店の店員さんだった。
凛とした声に、救われたように顔をあげる。
「お決まりですか?」
そう言って、にっこり微笑んだ店員さん。
胸についてる金のネームプレートを見てハッとする。
あ、この人って……。
「おぉ、仁さん。 久しぶりです」
親しげに声をかけたのは、大樹のお兄さんだった。
そうだ。
ジンさんだ。
お母さんがよく言ってたっけ。
あのカフェには素敵な人がいるって。
たしかその名前は、ジンさんだった。
25才でこのカフェをオープンさせたやり手だって。
噂は聞いてたけど、本当に綺麗な人だ。
「裕貴、今日は珍しいな。 こんなにかわいい子と一緒か」
そう言ってジンさんはあたしに視線を合わせ、にこりと微笑んだ。
ジンさんと目が合い、ドキリとして慌てて視線を外す。
わわ。
思わず見とれちゃった。
「んー。 まあ、今日は特別」
……え?
そう言って、お兄さんは意味深に笑った。