今すぐぎゅっと、だきしめて。


「千紗は?」



そう言って、ヒロは立ち上がった。

入院していたなんて、微塵も感じさせない体の動き。



もう、全然平気なのかな……。

痛いとことか、ないのかな……。




「今、……来ます」



って、変な感じ。
ヒロに敬語。

今まで散々、言いたい事言ってきたのに。


妙に照れくさくてササッと前髪を整えていると、いつの間にかヒロが目の前に来ていて、足元に影が落ちた。




ふっと顔を上げると、頭一つぶんよりも高いヒロと視線がぶつかる。



ドキーーンッ!





うわッ!

な、なに?




油断していた心臓が、一気に加速する。


真っ黒な前髪。
サラサラの髪を、ワックスで持ち上げて。

後ろだけがクシャクシャになってる。


長いまつ毛の奥の、茶色の瞳の中に、目を真ん丸にしたマヌケなあたしが映っていた。





「なッなんでショーカ」



って、あたし何カタコトなんだよー!


もう顔は真っ赤。



だって。

だって、ヒロってば!


まるで別人なんだもんッ。



開け放たれた窓から、少しだけ気温の下がった風が吹き込んでくる。


それはヒロを通してあたしに届く。



「……ッ」



泣きそう。



ヒロの、甘い香水の香りに、喉の奥がギュッてした。


< 221 / 334 >

この作品をシェア

pagetop