今すぐぎゅっと、だきしめて。


「あれ? 帰るの?」


振り返ると、ちぃちゃんがすぐそこにいて。
向かい合ってるあたしとヒロを交互に見た。



「え? あ、あたしは、そろそろ帰るよ」


「そうだね、おばさんにおつかい遅くなってごめんなさいって伝えておいてね? またあたしもお邪魔させももらうつもりだけど……」


「へ? おつかい?……ああ!うん、そうだねッ。 大丈夫だよ。 そんなに急ぎのものじゃないし。 それじゃごちそう様でした!」



あたしは一気にそういうと、大げさに手を振って見せると振り返りもせず玄関へ向かった。







これでいい。



ヒロに会うのも。


これっきりにしよう。








サンダルに足を突っ込んで、玄関のドアノブに手をかけた。

勢いよく外に飛び出すと、そのままドアに背をつける。





「…………」





誰もいない家。



ヒロと、ちぃちゃんが二人きり。







今頃、邪魔なあたしがいなくなって、ヒロはちぃちゃんの小さな肩を抱き寄せてるんだろう。


リアルにその姿が浮かんで、あたしはフルフルと首を振るとそれをかき消した。




あたしのバカ!


もう忘れるって決めたんだから。







重たい一歩を踏み出して、あたしは紺色に染まりだした空の下に飛び込んだ。

見上げると、今日は三日月。



その細い月の下には、キラキラ輝く一番星。




勝手に溢れてくる涙のせいで、それは一番じゃなくなってしまった。

だけど、さっきよりもっときれいで。
まるで宝石みたいで。


大粒の涙が、あたしの頬を濡らした。







濡れた頬を、夜風が優しく撫でてくれる。


『大丈夫だよ』って声が聞こえた気がして。
あたしはグイッと涙を拭った。





季節は巡る。


髪をかきあげる風の中に、秋の気配を感じた。








< 222 / 334 >

この作品をシェア

pagetop