今すぐぎゅっと、だきしめて。

―――ボズン!


「イタっ」



鈍い音と共につま先に激痛が走る。

しゃがみこんだあたしの足元に、影が落ちた。



そして

目の前に落ちていた、黒いビニール鞄。

その鞄には不釣合いなくらい可愛い蛙のマスコットキーホルダーが揺れていた。


あたしの鞄より大きい……

…誰の?



見上げると、人影。



それはちょうど、太陽の光と重なって真っ黒なシルエットでしかない。


影が揺れる。


影の向こうに太陽の強烈な陽射しが目に入って、眩しくて思わず顔を背けた。



「…………」



それから、また顔を上げた時には……

その影は鞄と一緒に消えていた。


誰もいなくなったアスファルトをあたしはただ呆然と見つめるしかなかった。



だって、それはあっという間の出来事で。


まるで今のが「幻」だとでもいうようなくらいで。



でも



あたしのつま先はジンジンと痛くて熱を持っていた。




「ユイーっ? 何してんのよぉ、行くよ」



不思議そうな顔であたしを呼ぶ奈々子の元へ、ほつれながらなんとか辿りつく。

いつの間にか奈々子の鞄もなくなっていて。
バスの中から「早く来い」と言っている大樹を見つけ、あたし達は慌ててバスに乗り込んだ。


車内はすでに席が埋まっていたけど、大樹がちゃんと席を取っていてくれたおかげで、あたし達はバラバラにならずにすんだ。




< 82 / 334 >

この作品をシェア

pagetop