今すぐぎゅっと、だきしめて。
ゆっくりと滑り出したバスは、高いビルの谷間を進んでいた。
まだ見覚えのある景色だ。
「座れてよかったぁ~、えらいね、大樹君は」
奈々子は、後ろの席に座る大樹を振り返りながら、少しだけ意地悪な笑みを浮かべてみせた。
「……」
その顔を横目で見ながら、あたしの心臓は思わずドキリと高鳴った。
だって、その顔はまぎれもなく「恋する乙女」の顔で。
女の子の顔してたんだもん。
元々、奈々子は綺麗で大人っぽい。
一緒に買い物なんか行っても、同じ年に見られた事ないくらい。
ナンパなんかほんとにあたり前で。
声をかけてくるのはだいたい、大学生位のお兄さん達で。
あたしには見向きもしないんだ。
『妹ちゃんは、おうちに帰りな?』
…って。
どうせ、童顔ですよ……
そんなことわかってますよーだ。
……でも、大樹はそんな奈々子の魅力に気が付かないくらい鈍感君で。
あたしへの気持ちと、勘違いしてる。
大樹は、あたしには頑張って男っぽくなろうとしてくれてる。
それは昔からなんだけど。
たぶん、守ろうとしてくれてるんだなーってのはわかるんだ。
まるでお兄ちゃんみたく。
大事にしてくれる。
あたしが危なっかしいから。
「そう言うなら、なんかくれ」
言って、手を差し出した大樹。
その顔は楽しそうで、まるで子供みたいに顔をくしゃくしゃにして笑うんだ。
奈々子にだけは、そうしてる。
大樹…気づいてないなんて、ほんとに鈍感なんだから。
「しょーがないなぁ、じゃあこのアメちゃんを差し上げよう!」
「……お前、相変わらず渋いね」
「塩飴」とかかれた小さな包みを受け取りながら、大樹は苦笑いをする。
「塩は汗かくときにいいんだからねっ」
奈々子はそんな大樹に、頬を膨らませて抗議してる。
そのやり取りを見て、思わず吹き出しそうになってしまう。
この夏合宿で、二人が少しでも近づいてくれるといいのに……。
そして。
あたしもそんな「恋」する気持ちを、少しでもわかるようになりたい……